「生徒会長っていうのも大変なのねぇ」
誉にそんな大それた役職がつとまるのか、と一瞬考えたけれど、それを口に出すことはなく、胸の中にとどめておく。言ってしまえば彼が不機嫌になるのは目に見えているし、自ら空気を悪くしたいなんて思わない。
「……そうですね大変です。わかったら邪魔しないでくだしー」
「『来週の日曜暇だったら家に来い』って言ったのは誉でしょ」
「そうでしたっけ」
「そうだよ。……もう、なんか相変わらずだよね」
三ヶ月ぐらい会ってなくて、その間に誉はバルヨナの生徒会長になっていたり放送部とやらに入ったりしたらしいけれど、やっぱり誉は何にも変わってない。自分に都合の悪いことは、忘れた振りしてどうにか煙に巻こうとする。そして、私はいつも誉のへたくそな大根芝居に付き合ってしまうのだ。昔と同じように。
もうずっと一緒に居たわけなんだから、昔よりは彼との付き合い方も上手くなってないと困るのだけど、私たちの関係は昔と全然変わった気がしない。小学校の頃から今まで、誉は昔のままだし、私も昔のままだ。……いや、ちょっとくらいは変わってる、はず。
「あとどのくらいで終わるの? 三十分くらい?」
後ろから覗き込んで、誉のペンの先が綴るものを見下ろす。……うん、思っていたよりも白に近い。まだまだかかる。適当に三十分といったけれど、それくらいでは終わりそうにもない。
はぁ、と溜め息を吐いて、クッションの脇に置いていたカバンを拾い上げる。
「店のほうでじさまと話してるから。終わったら迎えにきてね」
「……はいはいわかりましたさっさと行けばいいでしょう」
一息で吐き捨てるような言い方にむっときたものの、下手なことを言って、もっと色々言われるよりはマシだと思い直し、スルーして階段を下りることにした。誉が何か言っているような気もしたが、たぶん気のせいだ。……たぶん。
階段を下りきり、ひょいと店のほうを覗くと、じさまが誰か(常連客だろうか?)と話をしていた。お邪魔かなぁ、と思いつつも、誉のところにいても邪魔者扱いされるだけだからと、そっと店のほうに入る。私のことに気づいたのか、じさまは柔らかい顔でこっちを向いて、いつもの緩やかな口調で問いかけてきた。
「なじょした?」
「誉に邪魔者扱いされたので逃げてきました」
「まっだぐ、誉は困ったもんだ」
少し困ったように笑ったじさまは、カウンター席の一番端を示してくれた。「邪魔してごめんなさい」と告げて、慣れた席に腰掛ける。
「いつものことだからしょがね。気にやんな」
エスプレッソマシンのレバーを操作しながら、じさまはからからとわらう。かぎなれた良い香りが漂ってきた。心地よい香りに、ゆったりと目を細める。
「まあ、確かにそうなんですけど……」
確かに、誉があんな態度を取るのなんてしょっちゅうだ。それに、そのたびに、私が店のほうに避難するのだって、じさまにしてみれば見慣れた光景だろう。
少し複雑な気分になってしまい、思わず眉をしかめた。……やっぱり、昔から何も変わってないのかもしれない。おかしいなぁ、少しくらいは互いに成長してるはずなんだけど。
そう考えると気分が落ち込んできた。
「まあゆっくりせ。あがらんしょ」
ゆったりとした優しい声でそう言って、じさまはコーヒーカップを私の前においてくれた。「すみません」と視線を下ろすと、その水面にはミルクでウサギの絵が描かれていた。すごい、ラテアートってやつだ!
「え、良いんですか、こんなの」
「久しぶりにやったからちょぺっと失敗したげどな。うちの誉が迷惑かけたお詫びだ」
「うわー、ありがとうございます」
じさまの淹れるコーヒーってだけですごく美味しいのに、それに絵が描かれてるなんて、なんだかいっそう美味しそうに感じる。
すぐに口をつけちゃうのはなんだか勿体なくて、カップを両手で包み込む。あったかくて、なんだかほっとする。
「おねーさん、誉さんの知り合い?」
「へ? えーと……私、かな?」
あたりを見渡してみる。けど、私以外に女の人はいないので(というか、私以外には、じさまとこの人しかいない)、少しいぶかしみながらも振り返った。
振り向いた先、背の高い男の子(さっきじさまと話してた人だ)(……多分年下だよね?)が、『そうそう!』と言うかのように、しきりに頷いていた。
* *
「何だ、誉ってば学校でもそんなもんなのね」
唐突に話しかけられて困惑したものの、何だかんだで、彼――大和くんと私は、誉のことを肴に、話に花を咲かせていた。学校とか放送部とかでの誉の話と、昔話で、盛り上がる。
……大和くんに話しかけられた時は、「なにごとだ」なんて思ったけれど。話してみれば気さくで良い人だった。見た目で判断しちゃ駄目だよね。大きいからって少し怖かった、という感想は、胸の中に取っておくことにしよう。
「俺にしてみれば、こんなキレーな幼馴染相手に、俺と同じような態度を取る会長のほうが信じられねーっすよ」
「口が上手いね、大和くん」
誉ってば、こんな良い後輩持ってて羨ましい。やっぱり、何か部活でも入ればよかったのかな。中学の頃にやってた吹奏楽でも続けてれば、可愛い後輩とか素敵な先輩とか、色々できたのかもしれない。でもいまさら入るってのもなぁ。
「あ、カイチョー。やっほー」
大和くんの声につられて、振り返る。そこにはいつもと同じように仏頂面を湛えた誉がいた。……あれ? いつもよりよっぽど不機嫌そうに見えるんだけど、何で? さっき別れた時の数倍ご機嫌斜めだ。……怒って、る? 大和くんは誉の不機嫌には気づかないで、軽い口調で「どしたの、かいちょー」と尋ねてる。
すたすたと、苦虫でも噛み潰したような顔の誉が近づいてくる。
「」
びっくりするくらい真剣な声色で名を呼ばれた。そして、強く、腕が引かれる。「ちょ、誉」勢いで椅子から立ち上がる。と、誉はずんずんと店の奥に歩いていく。腕を引かれる形になり、私は小走りでその後を付いていった。掴まれた右手首が痛い。
……どうしよう、熱い。
「ねぇ、誉! どうしたの突然」
「……」
返事はない。誉から漂う不機嫌なオーラが消えてない、というか、痛いくらいチクチクする。何に怒っているのか、さっぱりわからない。
私はもう一度声をかける。
「大和くん変な顔してたよ、ね、腕痛いから!」
「うっつぁーしーです」
「『うるさい』じゃなくて。もう、何怒ってるの?」
誉が立ち止まる。それにしたがって、半ば駆け足に近かった私も、足を休めた。腕を放してもらえるのかと思ったけど、誉の手の力が弱まる気配はない。男性の割には非力の部類になるけれど、やっぱり女の私と比較してしまえば、力のあるほうになる。振り払えるはずもない。
……仮に、私のほうが力があったとしても、そんなことしないけど。
「あんな山狐となんか話さにーでください」
「え? どゆこと?」
意図が掴めなくて、首を傾げる。ふぅ、と誉の息の音がして、大声でも出されるのかと体を竦めた、ら。誉の顔がこちらを向いた。すっごい真っ赤、耳まで紅潮してる。
一瞬だけ、言い辛そうにためらって、
「は俺とだけ話してれば良いんです! こっだらこと言わせにーでください!」
それだけ言って、部屋への道を歩き始める。それに腕を引かれて歩き出した私の顔も、驚くぐらい赤かった。
write:2008/05/20 up:2008/05/21
と言うわけで企画夢第一弾、会津誉さんでやきもちを妬くでしたー!
じさまを勝手にバリスタにしてしまったが……まあ喫茶店店主ならバリスタでもいいよね?
私の欲望が詰まった小説になりました。レバー式のエスプレッソマシンだとか、大和がeye'sの常連になりつつあるとか、ラテアートだとか。色々な欲望! ラテアートやってみたい。
とりあえず、最後の誉さんの台詞は大声過ぎてじさまと大和に聞かれてて、あとからからかわれてたと思います。
いや楽しい。楽しみながら書いたので、読んだ方も楽しんでいただけると幸いです。
この小説は、きてくださった皆様と、リクエストして下さった藍佳さんへ!