――ああ、どうしてこんなに湧き出る湯水の如くやってくるんだろう、妖どもは。
胸の中で舌打一つ、しかし表面ではそれを億尾も出さずに妖を狩る。遠くのほうで、烏森の守護者――間流結界術正統継承者のどちらかが妖を滅する音がした。
私に妖は滅することはできない。滅することができるのは、結界師だけ。例え、どんなに才のある異能者だったとしても、出来ることは、妖を「いるべきところ」に返すことか、息の根をとめることでしかない。私にできるのは、妖を『狩る』こと。つまり『殺す』ことだ。元来、人と妖といえば相容れることがなくて、食うか食われるか、つまりは「生きるか死ぬか」という殺伐とした関係だったのだ。滅することができるのは――消すことができるのは、結界師だけ。だから、異端である異能者の中でも、結界師は殊更異端として扱われる。本来なら、結界術が空間を統べる術となるという点で、そう扱われるのだが。
それに、私や限は、己が手で妖を狩っているがために、死を意識してしまう。手の中で、命が落ちていくのを毎回目の当たりにするから。
けれど、この地を守る結界師は、そのようなことを気にしたことがないようにしか見えない。妖の命、ということを、考えたことがないようにも見えた。
烏森に愛された正統継承者たちは、どこまでも潔白で、高潔で、恵まれている。体の一部を妖に占められているからそう思うのかもしれない。けれど、烏森だけを守る墨村、幸村の両家――の正統継承者――は、私たちから見て、異端だ。相容れる存在だ、とは、到底思えないほど。
びちゃり、と、頬に付着した妖の体液を拭って、私は深く息を吐いた。
夜毎、妖のものといえど体温のあるものの温度を奪っているからなのか――私は、命がどういったものなのか、だんだんわからなくなっていた。さっき狩った妖だって、ついさっきまで動いていたものなのに、私は、烏森の存続のために、任務として、妖の――『生き物』の息の根を止めた。
手の中でもがく不快な生き物。
にぎりつぶす、わたし。
黒い服に染みた赤からは、心地の悪いにおいがする。私はぼんやりと空を見上げた。月は少しだけ赤らんでいて、不穏な気配がした。耳の奥には、遠くでだれかが妖を囲う音と、慣れた声がした。
「」
「……正守さん」
ゆるりと振りかえる。来るなんて、連絡すらされてなかったのに――と思いながらも、彼なら突然来ることも何ら不思議ではない。
私の驚いた顔も気にせずに、いつもの飄々とした雰囲気を湛えた正守さんは、口の端を吊り上げて笑う。
「どうだ、良守は」
笑っているように見せて、本当は笑っていないのか。閃や細波さんですら読めないその中身。けれど、私にはそんなこと関係がない。――そう、彼の役に立てるのならば、居場所をくれた彼のためになるのならば、もう何も要らないのだ。
抱いてしまった疑問すら、正守さんが「必要無い」というのならば、今すぐにだって棄てられる。
「ムラっ気がある、才覚の底を見せない人。――ある種、怖い人だと思います」
私は静かにそう返していた。その言葉に、正守さんはどこか懐かしげに目を細める。正守さんも過去に似たようなことを感じたのかもしれない。
この土地は、彼らの才覚は、無意識下で他人を拒絶する。何時だったか、墨村の家でアルバムを見せてもらったことを思い出した。寂しげな瞳の先、羨んでも得られない証。たかがひとつの方形なのに、それの有無はあまりにも大きすぎる。
私はそっと首を振って、言おうとした言葉をひとつ飲み込んだ。――先ほど吐いた溜め息なんて、もうどこにも見当たらない。溜め息を吐いた、という事実すら、どこか薄れていく。
闇は、全てを飲み込んでしまって、しずかにしずかに、たゆたうだけ。
write:2008/06/02 up:2008/06/04
私だけが楽しいんじゃないだろうか。正守さんのシリアス、ってリクエストだったから、ちょっと調子乗ったかも知らん。
未公開の連載夢ヒロイン設定で書いたつもりだったんだけど、こんなに暗い子だったかしら。ここまで盲目的にまっさんを信奉してる子ではない気がする。潔く別人ってことにしておこう。
タイトルからして暗いけど、タイトルが実はお気に入り。
まあ自分だけ楽しんでそうな小説ですが、楽しんでいただければ幸いです。
この小説は、きてくださった皆様と、リクエストして下さった梢さんへ!