追憶








まっしろ。
ふわふわしていて、なんだかあたたかい。

薄らぼんやりとしていた意識がゆっくりと元に戻ってきて、私は身体の軋むような痛みを感じながら体をゆっくりと起こした。
腰が多少痛いけれど、まあ、いつも通りの朝。
爽やかな朝の日差しがカーテンの隙間から部屋の中に注ぐ。
私は体を起こして、蒲団をかぶったままの状態で暫く呆けていたけれど少し肌寒くなって、脱ぎ捨てられたままだったはとばさんのワイシャツを拝借して着ることにした。
(だって自分の制服を着る気にもなれなかったし。多分、妙な皺ついてるんだろうなあ)


「…あれ、そういえばはとばさん何所…?」


はた、と気付く。
部屋の持ち主がいないという、正直もっと早く気付くべきことに。
探そうと思って立ち上がったけれど、…この格好でうろつくわけにはいかない。
私は仕方無しにベッドの上に腰掛けて、溜息をついた。…寝てて気付かなかった私が悪いんだけど。
いるべき主がいない部屋に一人だけでいるっていうのはいまいち居心地が悪い。
早く戻ってきて、という思いを込めて扉を見つめていてやや数分。扉が音も無く開く。


、起きてたのか?」
「はい。ちょっと前に」


はとばさんは私にカップに入った珈琲を差し出した。
有り難くそれを頂いて一口啜る。――あ、ミルクと砂糖入ってる。
はとばさんのそういうところが好き。小さなところに細やかな気配り。気づかないようなところの優しさ。
温かいカップを両手で包み込んで、私は小さくはにかんだ。

ぼんやりとはとばさんの背を目で追う。
目に付くのは、背にある赤い痕。
私が付けてしまった、真っ赤な、爪痕。


「…はとばさん、これ、痛いですか?」


傷に指の腹をあてて問い掛ける。
4つの傷痕を指でると、血が固まったようなそんな感覚が指から伝わってくる。
…何でこんな痕つけちゃったんだろ。あの時は理性なんて働いてなかっただろうけど…。


「別にもう痛くない」
「『もう』ってことは痛かったんですね」
「……別に」
「遅いですよ、言ったことは取り消せません」


申し訳なくて、何か顔を上げてられない。
ああもう。ほんとに、どうしてこんな痕つけちゃったんだろう。
色々とネガティブな思考が浮かんでは消え、消えては浮かびと繰り返す。

ぼんやり、考えもせず、私はその痕跡にそっと口付けた。


「……?」
「え、あーと…消毒、ですかね?」


歯切れ悪く言い訳すれば、前から呆れたような溜息。
でもまあ…仕方ないといえば仕方ないかな。
私自身どうしてキスしたのかなんてわからない。自分でもよくわからずにしていたんだから。
触れていた背中が急に離れて、ああやっぱり呆れられちゃったのかななんて思っていたら、背中に衝撃。
目前には、はとばさんの呆れた、というより苦笑している優しい顔。


「……


行為の時にだけ呼ばれる名が呼ばれて、顔が下りてきた。
そして耳元で囁かれた言葉が、耳から離れない。そう、まるで呪縛のように――



 「 この痛みは、甘い痛みだ 」





2005/08/08
え、え?うわあなんかえろちかるだあ…。
はじめに書こうとしていた小説と全然違うなあ。
あああ。諫早氏が相手の小説だとほとんどの割合で一線越えてるんですけど。
はい。きっと真夏の暑さで頭がちょっと嫌な方向に飛んでるんですきっと。
まあ、楽しんでいただけたら幸いです。
この小説は、きてくださった皆様と、リクエストして下さった五十嵐 緋奈さんへ!

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