アヴィリティ








暮れなずむ空。
差し込む夕日。
茜色で塗りつぶされた教室。


「ねえ、赤福、わからないんだったら私のプリント見せるから」


「だから、早く仕上げてください」という願いを込めてそう言ったけれど、目の前で国語のプリントと睨み合う赤福にはその申し出は聞き入れられなかった。
私、どうして国語の教科担当なんかになっちゃったんだろう。
ならなければ、今日は早々と家に帰ってうだうだして、テレビの再放送とか色々見れたのに。
心の奥深くで溜息を吐いて、私は赤福の国語のプリントに視線を下ろした。


「見るのが嫌なら教えるから。もうすぐ総退校の時間だし」
「にぃーっ!にっにー」
「え?に、にに?」


ごめんなさい、何語ですか?英語?フランス?ドイツ?中国?韓国?…どれもしっくりこないなあ。
だ、誰か助けてください…!通訳さん、いますか?
そういえば、校内放送で「にー」だの何だの言ってる放送あったけどもしかして犯人は赤福?
確か放送部作ったって話聞いたけど…アナウンスは出来そうにないし…機械担当?

私は内心大汗をかきながらも時計を確認した。総退校まで、あと30分。
…こんな時間まで学校にいたのなんて初めてだ…
ていうか、先生待ってるんだろうなあ。色々ぐちぐち言われるんだと思うと気が重い。


「…ごめん、なんて言ってるかわかんない…」
「にぃー」


こんなこというなんて申し訳無いよなあ、と思いながらそう言うと、哀しげな声(そう聞こえただけだけど)で赤福は返答した。
何て言ったのかはわからないけれど。
そして、赤福が机にシャーペンで字を書いた。私はその文字を目で辿る。


 自分でやらないと、意味がないと思う


…もしかして、さっきの「にー」の意味、かな。
うわあ、すごい真面目で殊勝な考え方だ。ある意味羨ましいかもしれない。
とっても素敵な考えだとは思うよ、でもね、臨機応変に対応してもらわないとダメなのよ。


「でもね、あと30分で総退校なの。今まで1時間近く悩んで4分の1しか終ってないんだから他のプリント写さないと間に合わないよ」


そう言えば、赤福は暫し考えてさっきの文の隣りに返答を書いた。
私はまたそれを目で追う。


 それでも、自力でやりたい
「あー…じゃあ残ったプリント1枚あげるから、家で全部やってみて。今はプリント写す。ダメ?」


そう言って、赤福の顔を覗き込む。
暫く考えていたけれど、赤福の指が机に文字を綴る。

 わかった そうする

私はとりあえずまだ誰も何も書いてないプリントと、私が書き込んだプリントを赤福に渡した。
そのまっさらなプリントに、私のプリントの解答をすらすらと書き込んでいく。
…字書くの早いんだなあ…

15分ほどでプリントを埋め終わり、赤福は2枚のプリントを私のほうに差し出した。
私は自分のプリントと赤福のプリントを山に乗せてクラス全員分のプリントをとんとんと整えた。
良かった。これで先生のお小言聞かなくて済みそうだ。
そう思いながら、私はクラスメイト40人分のプリントを抱えて教室の戸を開けようとする。
……開けられるはずもなく、私は溜息をついてプリントを手近な机に置こうとした。
すると、目の前の戸がするりと開いた。


「え、え?」
「にー?」
「あ、ありがとう!」


お礼を言ってそのまま職員室に行こうとすると、不意に赤福に腕を掴まれた。
歩くのを止めて振り向けば、私より格段に背の高い赤福の手が、私の頭に触れる。
ぽんぽん、と優しく頭が撫でられて、驚いていたのも束の間。


「にー。ににー」


手が離れて、赤福の背が遠くなる。
…どうしてだろう。さっきまでと同じで、「にー」としか言ってなかったはずなのに。

「ありがとう、さん」って聞こえたのは――





2005/08/13
…とっても難産でした。難しいです。とっても難しかったです。
まず口調がわからないです。にーも、にーの意味の方も。
そしてさらに文章がどこか納得いかなくて哀しい。切ない。
まあ、ただ単に赤福さんに頭撫でられたかっただけなんですけどね。
この小説は、きてくださった皆様とリクエストして下さった向日 葵さん(現・季紗良さん)へ!

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