ある秋の夜、ぼんやりとテレビを見ていると、不意に、ぶつりと音を立てて部屋の電気が消えた。そしてさらに、テレビの画面もきれいに黒。慌ててカーテンを引いて外を見ると、やっぱり他の家の電気も、さらには街灯すら消えていた。

「デンジさん……またなの?」

 また気になるところで停電させないでよ、デンジさん。はあ、と溜息を吐きながら立ち上がり、手探りで上着を探す。停電のたびに、ジムまで行って早く復旧してもらえるようお願いしているのだ(デンジさんは誰かに言われないと直そうとしない。というより、誰かストッパー的役割を担わないと、やりたいままにやる人なのだ、彼は)。
 まだ秋とはいえ、シンオウ地方の夜はとても寒い。例年なら、もう雪が降ってもおかしくない時期。

「こんな時期に電気が止まっちゃったら、部屋の中が寒くなっちゃうのにな」

 デンジさんはそんなの気にならないのかな? ていうか暖房だけ別電源とか? うーん、私の家もそうしたほうがいいかもしれない。この先の冬も停電が続くようなら、寒くて凍死してしまう気がする。
 色々と考えながら上着を探していたところ、やっと秋用コートを見つけることができた。

「じゃあ行ってくるから。お留守番よろしくね」

 コートを羽織りながらそう言う。と、暗闇の中、ゆっくりとこちらに近寄っていたハピナスはこくんと頷いて手を振ってくれた(もう暗さに目がなれたようだ)。ハピナスの頭をなでなでしてから、「行ってきます」と告げると、ハピナスは小さく鳴いて(近所迷惑になるとか思ってるのかな?)、私に『行ってらっしゃい』と返してくれたような気がした。
 真っ暗闇の中をそろそろと歩く。はあ、と吐き出した息の白が夜の闇に溶け込んだ。街灯も家の明かりも、ポケモンセンターやフレンドリィショップのネオンサインまで消えた街は、とても暗い。そして静かだ。暗くなった街に繰り出すほどの物好きはあまりいないのだろう。危険だし。……いや、私が物好きってわけではないけれど。
 誰にともなく心の中で言い訳をしているうちに、ジムに着いていた。そっと扉を開ける。中ももちろん外と同じくらい真っ暗だった。

「あ、さん。こんばんは」
「こんばんは。デンジさん、奥にいる?」
「うん、多分いると思う」
「そっか。じゃ、ちょっとお邪魔します」

 入口付近に立っているトレーナーさん。ジムなんて滅多に来ないけれど、停電のたびに会うからか、互いに顔見知りである。暇そうに座ってる彼の横を、そろそろと歩いていると、不意に呼び止められた。

「あ、ちょっと待って」
「え?」
「リーダー、今回はすっごい本格的に改造してるから。足元、気を付けて。落ちても知らないよ」
「落ち……。わかった、気をつける。ありがと」

 お礼を言って、また歩き出す。デンジさんのことだ、ジムの奥でまだ改造しつづけてるか、もしくは電盤をいじってるにちがいない(レントラーに照らさせてるのではなかろうか)。
 謎のコードに引っかかること二回、謎の歯車に足を取られること三回(次はどれだけ複雑な仕掛けにするつもりなんだろう、あの人……)。ようやくいつもデンジさんが作業をしている場所にたどりついた。夜目に慣れた目に、デンジさんの背が浮かんだ。

「デンジさん、またですか」

 背中に声をかけると、くるりと彼は振り返った。暇そうな顔は相変わらず。自分の手で街中を停電させたっていうのに、そんなの気にしてる素振りもない。――まあ、前回もそうだったし、デンジさんにそういった罪悪感を求めるほうが間違ってるのかもしれない。

「……か」
「はい。今回は復旧にどれくらい――」
「よし。こっち来い」
「っ、え」

 ぐい、と右手がつかまれて、引っ張られる。いつの間に立ち上がったのか、デンジさんはそのまま奥にどんどん進んでいく。コンパスの差で、私は半ば走りながら、デンジさんについていく。ギ、と金属の音がして、扉が開いた。……こんなところに隠し扉があったなんて、はじめて知った。もしかして最近作ったとか?

「空」
「え?」
「暗いと、星がきれいだ」

 空気が清んで、見やすい。
 デンジさんはそう言うと、私の右手を解放する。私はつられるように空を見上げた。さっき歩いていた時はぜんぜん気付かなかったけど、そこにはいくつもの輝きがあった。――浮かんでくる言葉は陳腐な言葉ばかり。この星空を形容するには、到底見合わないくらい軽い言葉ばかりだ。

「……ほんとに」

 その言葉の続きは言えなかった。デンジさんのほうを向くと、視線でデンジさんはわかってくれたのか、続きを促がすことはなかった。

「お前と、見たかった」
「私と?」
「ああ。だから、ジムを改造したんだ」
「……?」

 言葉の意図を知りかねて、私は首を傾げたけれど、デンジさんは私の疑問には答えてくれなかった。
 もう一度空を見上げる。引き込まれそうなくらい深い、闇色。

「お前は、停電したときぐらいじゃないと、ジムまで来ないから」
「――? デンジさん、何か言った?」

 引き込まれかけていた意識を取り戻し、またデンジさんのほうを向くと、デンジさんはあからさまに溜息をついた。

「……何でもない。気にするな」
「そういう反応されると気になる」
「それでも気にするな」

 デンジさんはもう何も言う気はないのか、ぽすりと私の頭に手を乗せたまま、空を見上げていた。私もそのまま空を見上げる。
 ――星に見入られ、スターダストに意識が飲まれてく。





write:2007/01/05 rewrite:2010/04/18 up:2010/04/28
行動力はあるけれど、その発揮する方向を間違っちゃってるデンジと、そんなこと露も知らないヒロインのお話。
「へたれと鈍感と世話焼き」と同設定で書いたやつのサルベージ。
ヘタしたらこのまま連載かしそうだったりする。このシリーズ、案外好きで……。
スターダストに沈む