「葵くんの髪って、綺麗よね」
丁寧に葵くんの髪を櫛で梳きながら、ぼんやりと呟いた。彼の髪は一本一本が細くてとても柔らかい。触り心地も抜群で、もっと触れたいと思うけど、葵くんはわたしに髪を結うように頼むとき以外、わたしに髪を触らせてくれない。
というか、彼は自分のパーソナルスペースを侵蝕されるのを好まないので、わたし以外の人にも滅多に髪は触らせないのだろう。たぶん。馴れ合うのは嫌いだ、と真顔で言っていたこともあるし。
「貴様は口を動かすより手を動かせ」
「はあい、了解です」
葵くんが静かな口調でわたしを急かすので、わたしはくすくすと笑いながら返事をした。
さらさら、さらさら。
葵くんの髪は、びっくりするくらい華奢な音を立てる。女の子の髪よりとても綺麗なその髪を、わたしは左手に集め、やさしく丁寧に束ねていく。髪を束ねれば、葵くんの首の裏が晒される。日焼け止めなど塗っていない、とか言ってたくせに、羨ましいくらい白い。
髪の根元をいつも通り青いゴムでひとまとめに結び、傍らに置いていた弥生和紙を右手に取る。それで葵くんの長い髪を綻びがでないよう包んでいく。
葵くんは、わたしが彼の髪を整えている間、いつも背をまっすぐにのばし、姿勢を正している。前に「もっと楽にしてて良いのに」と言った時、「貴様に髪を任せている時間は瞑想にちょうどいい」と返って来たから、今日も瞑想してるのかも知れない。
「葵くん。水引、白でいい?」
「構わない。の好きにしろ」
「ん。了解」
赤や金の水引もあるけれど、やっぱりいつも通りの白一色の方が葵くんには似合っている気がする。わたしが自分のをやる時は、礼式として檀紙を結ぶのに赤と白の水引を使うけれど、別に葵くんが巫女装束になるわけではないし、白一色で問題ない。
言われたとおりわたしの趣味で選んだ白い水引で和紙を留め、和紙から覗く毛先をす、と撫でる。崩れない。うん、できた。
「葵くん、できたよ」
「そうか」
声をかければ葵くんは首を捻って毛先を見、満足げに頷いた。それを見届けて、水引を入れている箱の蓋を閉じる。
「……」
「ん? どうしたの?」
葵くんは座ったまま、わたしの方を見ていた。
いつもなら、わたしが髪を結い終わればすぐに帰ってくのに珍しいなあ、と思いつつも、それを表に出すことはなく返事をする。
「……いや。次もまた、頼む」
しばらくの沈黙の末、葵くんはそう言って立ち上がる。それにしたがうように、彼の長い髪が揺れた。
「はい、任されました」
くすくすと笑いながら返せば、葵くんは微か目尻を赤くして、わたしに背を向ける。彼の動きに合わせて動く髪は、まるで猫の尾のようにも見える。
――うん。やっぱり、葵くんの髪はきれいだ。
write:2011/06/13 up:2011/06/14
本当は普通に檀紙にしようと思ったんだけど、檀紙は陸奥地方の特産らしいので、大分方面の和紙を調べてみた。
君の髪に触れる