黒ノ介くんの手は、いつも傷だらけだ。
 それは偏に、彼の戦闘スタイルが影響しているのだろう。彼の武器――浮立面は、武器というよりは防具と言っても差し支えなくて、彼がワルカーを攻撃する手段は、結局のところ彼自身の手足のみなのだ。
 きっと、ダンジジャーのみんなに言ったら意外に思われるだろうけど、わたしが一番手当てをしているのは、しょっちゅう迷子になったり二人で喧嘩したりしてる翠くんや紅輔くんじゃない。ワルカーと戦うたびに指や手の甲に自分の血を滲ませている黒ノ介くんだ。ワルカーと戦闘があった日はもちろん、彼が鍛錬をした後も――ほとんど毎日、わたしは彼の手当てをしている。
 今日だって、わたしは黒ノ介くんの手当てをしている。指の関節の皮が破けた跡は、傷としては決して深いものではないけれど、泣きそうになるくらい痛々しい。
 腕に何も付けてなかったり、手甲や手筒だけを付けている他のみんなとは違って、黒ノ介くんはしっかり諸籠手まで付けているけれど、それで守られるのは結局手の甲と腕の途中まで。彼の指は大小さまざまな傷を増やすばかりだ。

「……っ、つ」

 洗った傷跡の水気を取るために、清潔な布を傷に這わせ軽く押すと、黒ノ介くんは呻くように声を上げた。視線を上げて彼の表情を窺えば、黒ノ介くんは眉を寄せて痛みを堪えているようだった。

「……ごめんね、もうちょっとだけだから」

 まるで子供をあやすような口調だな、と、自分でも思った。流石にたった一歳下の黒ノ介くんに使う口調ではない気もしたが、この場ではこれが最適なような気もする。
 黒ノ介くんは、眉をひそめたまま、声を押し殺している。
 彼の手を支える左手の人差し指で、彼の手首の内側を宥めるように、そして痛みを和らげるようになぞれば、黒ノ介くんはきょとりと寄せた眉を緩めた。痛みも、少しでも紛れればいいんだけど……。
 その隙に、黒ノ介くんの手の傷に白色ワセリンを塗る。その上に切った透明フィルムを乗せて、医療用粘着テープで留める。両手どちらの傷にもフィルムを留めたら、それがずれないように包帯をするすると巻いていく。

「きつくない?」
「あ、ああ。ちょうどいいくらいだ」
「ほんと? よかった」

 テープで包帯を留めて、包帯越しに中手骨頭のあたりをゆるゆると指でなでる。うん、大丈夫。

「黒ノ介くん、左手もちょうだい」
「ああ。……俺はいつもに世話になってるなぁ」

 黒ノ介くんがわたしに左手を差し出しながら、申し訳無さそうに呟く。わたしはいつも通り、彼の手をゆったりと取り、包帯を彼の手に宛がいながら、ふふ、と息を吐く。

「気にしなくていいよ? むしろそれはわたしの特権かな、って思うから」
「特権?」
「うん。黒ノ介くんの傷の手当てをできるのは、わたしの特権でしょう?」

 そう言うと、黒ノ介くんはきょとりと目を瞬かせた。黒ノ介くんはダンジジャーの中では一番の年長だけれど、やっぱりこういう表情は幼げだ。
 黒ノ介くんは、怪我をしていることはあまり知られたくないみたいで、医務室にはあまり行きたがらないのだ。そのため、基本的に彼の手当ては、わたしの部屋ですることになる。
 ――まあ、葵くんや琥珀くんには、黒ノ介くんが怪我するたびにわたしの部屋に来てることは、もう感付かれてるような気がする。葵くんは、表面的には見せないけれど一番ダンジジャーのことを大切にしていてメンバーの異変にはすぐに気付くし、琥珀くんは観察眼に優れているから人目を避けながらわたしの部屋に行く黒ノ介くんに気付いていても不思議ではない。まあ、確信があるわけではないけれど。
 包帯を丁寧に巻きながら、わたしはゆっくりと口を開く。

「黒ノ介くんが怪我するのは心配だけど、迷惑だって思ったことはないから。気にしなくていいよ」

 もう一度念を押すように言って、包帯を留める。

「はい、できた」

 そう言いながら、黒ノ介くんの大人になりきってはいないけれど、もう「子供の手」とも言えない骨ばった手を、包帯越しにやさしくやわらかく辿る。わたしの手とは違って、黒ノ介くんの大きい手には、傷跡がたくさん刻まれている。

「……痛い?」

 包帯をそうっと撫でながら尋ねると、黒ノ介くんは静かに首を横に振った。

「別に平気だぞ?」
「……ほんとに?」
「ああ。たぶん、皮が厚くなったから、感覚鈍くなったんだと思う」

 それって、初めのころは平気じゃなかった、ってことでしょう? と言おうかとも思ったけれど、結局言わないことにした。
 わたしは黒ノ介くんの左手を持ち上げて、そうっと、彼の手の甲へ、包帯越しにくちびるを寄せた。

!?」

 驚きを滲ませた声色で、黒ノ介くんがわたしの名前を呼ぶ。ちらりと上目で黒ノ介くんの顔を窺うと、頬だけではなくて顔中を真っ赤にしていた。
 わたしはゆるりと目を伏せて、黒ノ介くんの手にくちづけたまま、祈るように囁く。

「……おまじない。これ以上、痛くなりませんように、って」

 そしてどうか、少しでも黒ノ介くんが傷付く機会が減りますように、と。想いを込めながら、もう一度わたしは黒ノ介くんの手にくちびるを寄せた。




write:2011/06/15 up:2011/06/21
唯一己が肉体を武器としている黒ノ介は一番怪我というか傷が多い手なんだろうなあ、という妄想。
あなたの手は、