「琥珀くんの武器って、ちょっと意外よね」
さんは、生真面目な顔で僕を見つめながら呟いた。僕は彼女の言葉に思わず目を瞬かせながら読みかけの本を閉じ、テーブルに本を置く。
「そうですか?」
「うん。ロザリオが大きくなるなんて予想外」
くすくすとやわらかく笑いながら、さんは僕の方を見つめた。彼女も先ほどまで視線を落としていた英語の参考書を閉じ、それを膝の上に置いていた。
「……それは、確かにみんなにも言われますね」
「でしょう?」
しかし、確かにそれは予想外かもしれないが、「意外」というのとはまた少し違う気がする。
そんな感情がうっかり顔に出ていたのか、さんは僕の顔を見ながら苦笑した。
「それにね」
さんはゆったりとした口調で言う。
「琥珀くんが、ああいう武器なのって意外だなって思って」
彼女はたまに、こういう、少し遠まわしな言い方をする。
――さんがこんな言い回しをするのは、彼女が自分の言葉に少し自信が無いときか、少し言いにくいことを言うときの二つに一つだ、ということに気付いたのは、いつだったろうか。
「ああいう?」
「うん……ええと、何て言うかね」
言葉の続きを促すと、さんは微かに視線を下げた。さんの細く白い指は、参考書の角をゆっくりとなぞっている。
ああ、言い難いことなのかな。
考えながら、自分の指先を見つめてているさんを見つめる。
「琥珀くんは、スピアーが武器だから、前線に出るでしょう?」
参考書の角をなぞる手は止まり、再び膝の上に乗せられる。彼女のスカートに、微かに皺が縒った。
「そうですね。孝紫くんのような遠距離攻撃ができる武器ではありませんから」
「でも、琥珀くんは、戦うのあまり好きじゃない……よね?」
語尾上がりの疑問系で尋ねられたのにもかかわらず、その言葉は明確な確認の意を込められていた。
先ほどまで指先を見つめていたさんの目は、僕をまっすぐに見つめていた。――そっとうかがうように、やさしい視線で。
僕は頷くことも首を横に振ることもできず、ただたださんの目を見つめていた。
僕の沈黙をどう取ったのか、さんは再び言葉を続ける。
「それなのに、直接ワルカーと相対するような武器なのは意外だなあって思って。……少し、心配したの」
「……心配?」
思ってもみなかった言葉が続いて、僕は思わず鸚鵡返しに尋ねてしまった。さんは「うん、しんぱい」と、いつもと変わらないゆったりとした口調で言う。
「無理してないかな、って」
僕を見つめるさんの目は優しく誠実で――かすかな不安すら宿していた。彼女の言葉に嘘はないと、言葉以上に雄弁に語る瞳。
その瞳が、ついと逸らされる。俯いて伏せられた彼女の睫毛は、眩みそうなほど長い。
「ごめんね、お節介だったかも」
「いえ、」
むしろ、その通りだった。無理をしているつもりはないけれど、確かに誰かと争うことは好まない。
ポーカーフェイスは結構得意なつもりだったのに、さんには見抜かれていた、らしい。まあ、彼女は僕たちの補佐だ。本人である僕たち以上に僕たちのことを知っている面があるのかもしれない。
「さん」
「……なぁに?」
立ち上がり、向かいのソファに座るさんに近寄った。少し申し訳無さそうな顔をしているさんの斜め前、ローテーブルのすぐ隣に跪けば、さんが不思議そうに首を傾げた。
「琥珀くん?」
「さん。僕は九州のためだけじゃなくて、あなた守りたくてたたかっているんですよ」
さんの顔を下から覗き込むようにして言えば、さんはきょとりと瞬いた。いつもなら同じくらいの視線の高さだから、下から彼女の目を見上げるのは初めてかもしれない。
「わたし、守られるような子じゃないよ?」
「それでも。守らせてください」
「……どうして?」
「確かに僕は戦いは好きではありません。けれど、大切な人を守るために戦うことなら、厭いませんから」
膝の上、行儀よく並べられた右手をやさしく拾い上げれば、さんは少し困ったように笑った。
「それって、わたしが琥珀くんの大切な人ってこと?」
「ええ。そうなりますね」
演技がかった仕草で、左手に持ったさんの右手を唇に近づければ、さんが少し恥ずかしそうに視線をそらした。彼女の目尻が淡く色づいている。
「なんだかくすぐったいよ、琥珀くん」
「そうですか?」
くつくつと笑いながら、手の甲に唇を寄せる。
そして、「さん。僕があなたを守ります」ともう一度囁けば、さんは「琥珀くん、」と消え入りそうな声で呟いた。
write:2011/07/10 up:2011/07/11