「あれ、ヒヨコメカ?」

 声をかけると、ソファの背凭れに止まっていたヒヨコメカが機敏な動きでわたしの方に向き直った。そして、ヒヨコメカはわたしの姿を確認すると、ぱたぱたと小さな羽根を羽ばたかせてわたしの方に近寄ってくる。
 かわいいよなあ、と思いながら右手をす、と差し出せば、ヒヨコメカはちょこりとわたしの手の上に鎮座する。ヒヨコメカのつるつるした、紅輔くん曰く「メカメカしい」見た目通りの少し冷えた温度が手に伝わる。
 人差指でヒヨコメカの嘴の辺りをくすぐるように撫でると、ヒヨコメカは目を細めた。ヒヨコメカを見ていると、九州防衛機関の科学力とは何ともすごいものだ、と感心するばかりである。

「一人なんて珍しいね。紅輔くんは?」

 メカに対して「人」というのも違和感があるけれど、どうしてかヒヨコメカには「人」と言った方が妥当な気がする。
 尋ねればヒヨコメカはこくりと頷いて、小さな羽をばさばさと動かして飛び上がった。そしてふわふわとゆっくりと飛びながら窓に寄ると、嘴でこつこつと窓をつつく。
 どうしたんだろう、と首を傾げると、ヒヨコメカは不本意そうに表情を顰め、再びわたしの方に飛んできた。そして、わたしの袖を咥えてくいと引きながら、さっきの窓の方にゆっくりと飛んでいく。それに従ってわたしが窓の前まで歩くと、ヒヨコメカは窓の前でわたしの服の袖を解放した。

「あ、ここを開けろ、ってこと?」

 そう聞くと、ヒヨコメカはにこにこと笑って、わたしの人差し指をかぷかぷとやさしく噛んだ。ペットが戯れるときのような、甘噛み。

「気付けなくてごめんね」

 言いながら鍵を開けて窓を開けると、ぶわりと風が吹き込んでくる。風に泳ぐようにわたしの髪がふわりと靡く。
 そういえば換気ずっとしてなかったかも。と考えていると、窓枠にとまっていたヒヨコメカがその窓からぴょんと飛び出した。ヒヨコメカは、はばたきもせずに重力にしたがって落ちていく。

「あ、」

 ヒヨコメカ、落ちた。
 ここは一階だから、そのまま落ちたとしても多分壊れるってことはない、と思う。思うけど、流石に落ちるとは思ってなくて思わず身を乗り出して腕を伸ばそうとしたら――

「!? え、ねーちゃん?」
「……紅輔くん?」

 窓の下で、ぺたりと座っていた紅輔くんと目が合った。
 落ちたと思っていたヒヨコメカは、紅輔くんの髪の上、ちょうどつむじの当たりにちょこんと座っている。何だ、落ちたんじゃなかったのか。良かった。

「どうしたの、そんなとこで」

 窓枠に手を付いて、紅輔くんを見下ろす。紅輔くんはふるふると首を横に振り、「……別に何も」と言って立ち上がった。そして、紅輔くんはくるりと振り返り、わたしと窓越しに向かい合った。……向かい合ったと言っても、高さの差があるから、わたしが紅輔くんを見下ろしてしまうのだけど。

ねーちゃんこそ、オレがここにいるってよく気付いたな」
「ああ、ヒヨコメカが教えてくれたの」

 ね、ヒヨコメカ。と、まだ紅輔くんの頭の上に座っているヒヨコメカの頭を撫でると、紅輔くんは唇を尖らせて小さな声でぶつぶつと何かを呟いた。

「んー? どうしたの?」

 首を傾げて紅輔くんの顔を覗くと、紅輔くんは一瞬だけものすごく驚いた表情を浮かべた。けれど、紅輔くんの驚きの表情はすぐに消えて、ものすごい真面目な顔でわたしを見つめた。

ねーちゃん。手。手、貸して」
「右? 左?」
「じゃあ、左」

 はい、と左手を差し出すと、紅輔くんに左手首が掴まれ、ぐいと引かれた。自然、ヒヨコメカが落ちた――と勘違いした時のように、身を乗り出すことになる。

ねーちゃん」

 耳元で、紅輔くんの声。
 表情を見ようにも少し動いただけでバランスを崩しそうなほど身を乗り出しているから、動くに動けない。そうっと目だけで紅輔くんの方をうかがうと、彼の耳が紅潮しているのが見える。

「紅輔くん?」

 どうしたの、と言葉を続けると、掴まれた手が解放された。急に支えが無くなってバランスを崩しかけた瞬間、ちゅっと短い音がして、頬にやわらかい感触がした。
 驚いてさらに姿勢を崩してそのまま外に落ちそうになるのを、右手でも窓枠を掴むことで耐える。

「……いっ、いつもありがとな! それだけ!!」

 そうとだけ言い残して紅輔くんが(多分)猛ダッシュで走り去っていくのを、窓枠にしがみ付いたまま紅輔くんの背中を見送った。紅輔くんの頭に乗っていたヒヨコメカはそれに付いて行かなかったらしく、わたしの方にぱたぱたと飛んできた。乗り出していた姿勢をゆっくり戻して手を差し出せば、さっきと同じように、ヒヨコメカが指先に止まった。
 そして、もう誰もいない窓の向こうの景色を見ながら、ヒヨコメカの頭を撫でる。

「どういたしまして――って、言えば良かったのかな」

 ねぇ、ヒヨコメカ。頭を撫でながら尋ねても、ヒヨコメカはそんなの自分で考えろ、と言うように羽を拡げるだけだった。
 もう。十中八九ヒヨコメカが紅輔くんを唆したんだから、ちょっとくらいアドバイスしてくれてもいいのに。



write:2011/07/18 up:2011/07/19
どうやってヒロインにお礼しよっかなー、て窓の下で悩んでた紅輔のところにヒロインを連れてきたのはヒヨコメカの独断である
きっかけはヒヨコメカ