意識がふっと浮上する。――寝ていたらしい。
ざあざあと雨の音がするけれど、特に寒さは感じない。室内にいる。ああ、そうだ。ここ、ホイットニーの家だ。服は着ていないけれど、肌に柔らかい布の感触がする。ベッドの上で、記憶にない布が掛けられている。ホイットニーが掛けてくれた、のかな。行為の余韻が引ききらず身体に残っていて、甘い快感の余熱が下腹にある。わたし、どれくらい寝てたんだろう。まだもう少し寝転がっていたい程度には、倦怠感がある。
考えながらのろのろとまぶたをあけると、わたしが横たわっているベッドの脇に腰掛けて窓枠に片肘をついて外を眺めるホイットニーの姿が視界に入った。ボトムはスウェットパンツを履いているけれど、上半身は裸のままだ。……そんなに経ってない、のかな。
薄明るい雨模様の窓の外を見る彼の表情は、公園で噴水をぼんやりと見ている時の表情に似ていた。
ざあざあと雨の音がするけれど、特に寒さは感じない。室内にいる。ああ、そうだ。ここ、ホイットニーの家だ。服は着ていないけれど、肌に柔らかい布の感触がする。ベッドの上で、記憶にない布が掛けられている。ホイットニーが掛けてくれた、のかな。行為の余韻が引ききらず身体に残っていて、甘い快感の余熱が下腹にある。わたし、どれくらい寝てたんだろう。まだもう少し寝転がっていたい程度には、倦怠感がある。
考えながらのろのろとまぶたをあけると、わたしが横たわっているベッドの脇に腰掛けて窓枠に片肘をついて外を眺めるホイットニーの姿が視界に入った。ボトムはスウェットパンツを履いているけれど、上半身は裸のままだ。……そんなに経ってない、のかな。
薄明るい雨模様の窓の外を見る彼の表情は、公園で噴水をぼんやりと見ている時の表情に似ていた。
「あ?」
わたしの身じろぎの音が聞こえたのか、ホイットニーが視線だけでわたしを見る。
「起きたか」
「うん……」
「うん……」
起き上がろうとせずに相槌だけ打つと、ホイットニーがくつくつと笑う。
「流石アバズレ、寝汚くいらっしゃる?」
「ぁ……だって、まだからだ、だるい」
「ぁ……だって、まだからだ、だるい」
異議を申し上げようとして、咽喉がかすれる。そんなに声出したっけ。咳ばらいを何度かして、言葉を続けながら身体を起こそうとすると、それを見ていたホイットニーが片眉を上げる。彼の左手が伸びてきて、あたまが強く押さえつけられた。い、痛い。抵抗する余裕もなく、そのまま起こしかけた上体がベッドに戻る。
わたしがそのままベッドの上で力を抜くと、わたしの頭を強制的に下げさせたホイットニーの手がゆるりと離れ、指がわたしの髪をなでた。さっきの強い力とは打って変わって、優しい手つきだ。
わたしがそのままベッドの上で力を抜くと、わたしの頭を強制的に下げさせたホイットニーの手がゆるりと離れ、指がわたしの髪をなでた。さっきの強い力とは打って変わって、優しい手つきだ。
「いいの?」
「好きにしろ」
「……うん。じゃあ、もうちょっとだけ」
「好きにしろ」
「……うん。じゃあ、もうちょっとだけ」
髪を優しく梳かれる感触が心地いい。ゆるりとまぶたを下ろす。眠いわけではないけれど、この方がホイットニーが髪をなでる感触がよくわかる。
ふふ、と思わず口から笑みがこぼれると、ホイットニーが「なに笑ってんだアバズレ、気持ち悪」といつもの減らず口を叩いた。……いつも似たようなことを言われるので言われた内容のひどさ自体はあまり気にならない。むしろ、ああいつものホイットニーだなあ、とちょっと安堵すらする。虐められたいわけではないし、優しくされたくないわけでもないけれど、ホイットニーに元気が無いと心配になるので。たとえば公園で会うときとか、主に。
わたしの髪を優しく梳いていた手が止まる。もう終わりかぁ、残念、と考えていると前髪を軽く引っ張られた。
ふふ、と思わず口から笑みがこぼれると、ホイットニーが「なに笑ってんだアバズレ、気持ち悪」といつもの減らず口を叩いた。……いつも似たようなことを言われるので言われた内容のひどさ自体はあまり気にならない。むしろ、ああいつものホイットニーだなあ、とちょっと安堵すらする。虐められたいわけではないし、優しくされたくないわけでもないけれど、ホイットニーに元気が無いと心配になるので。たとえば公園で会うときとか、主に。
わたしの髪を優しく梳いていた手が止まる。もう終わりかぁ、残念、と考えていると前髪を軽く引っ張られた。
「ッ、……」
学校でされるのと比べたら全然痛くないけれど、急だったので驚いてちょっとだけ変な声が出た。反射的に目を開けるとにやにや笑うホイットニーと視線が合う。……まぁ、髪抜けてないみたいだし、楽しそうならそれでいいや。なんだろ、猫が甘える時の甘噛みみたいな、そんな感じのやつ? 言わないけど。
わたしの髪から手を離したホイットニーは、腕を伸ばしてサイドテーブルからタバコの箱を拾い上げた。ああ、そういえば吸ってなかったな。珍しく。
ホイットニーの大きな手が、慣れた仕草でそれを振って煙草を一本だけ出す。それを口元に寄せてゆるく咥えて、使い古しのライターで火をつける。そして息を深く吸い、肺を満たして息を長く吐く。見てるだけでも吸い慣れてるとわかる、よどみのない仕草。
その流れをぼうっと見上げていると、人差指と中指の根元の方で煙草を挟んで唇から煙草を引き抜いたホイットニーが、くつくつと笑う。
わたしの髪から手を離したホイットニーは、腕を伸ばしてサイドテーブルからタバコの箱を拾い上げた。ああ、そういえば吸ってなかったな。珍しく。
ホイットニーの大きな手が、慣れた仕草でそれを振って煙草を一本だけ出す。それを口元に寄せてゆるく咥えて、使い古しのライターで火をつける。そして息を深く吸い、肺を満たして息を長く吐く。見てるだけでも吸い慣れてるとわかる、よどみのない仕草。
その流れをぼうっと見上げていると、人差指と中指の根元の方で煙草を挟んで唇から煙草を引き抜いたホイットニーが、くつくつと笑う。
「随分な熱視線をどうも」
「そんなに、見てない……」
「鉄の肺を手に入れたアバズレはそんなに煙草が好きかよ?」
「……ホイットニーが吸ってるのが、好き」
「そんなに、見てない……」
「鉄の肺を手に入れたアバズレはそんなに煙草が好きかよ?」
「……ホイットニーが吸ってるのが、好き」
そう、ホイットニーがたばこを吸っている姿が好きだから、その時間を共有したくて、シェアしてほしいと公園でねだったのだ。別に、タバコを吸ってみたかったわけでも、吸えるようになりたかったわけでもない。まあ、わたしの状況にも気持ちにも基本的に知らん顔をして自分のしたいことをするホイットニーなので、そこまで言うつもりもないけれど。どうせいつかわたしのことは捨てられてしまうだろうけど、彼のどこが好きなのかとかわたしの気持ちまで捨てられてしまってはたまらないから、わたしの中だけで取っておきたい。
わたしの言葉を聞いたホイットニーは、案の定「わけわかんねえこと言ってるなこいつ」みたいな顔をして、ベッドに横たわったままのわたしを見下ろした。数秒視線が絡んで、ふっと逸らされる。窓の外を見ながら、ホイットニーはふたたび煙草をくわえる。
煙がくゆる。
ホイットニーの煙草の匂いを感じて目を細める。彼はいつも煙草を吸っているから、吸っていないときでも煙草の匂いを身にまとっている。普通にしていると少しスパイシーで苦みが強くて、でも興奮して体温が上がるとホイットニーの香水の匂いが香って重い甘さが混じる。わたし一人で吸ってもこの匂いにはならない。
不意に、ぎしりとベッドが鳴る。音の方に視線をやれば、ちょうど私の顔の横にホイットニーの大きな手が置かれていたのに気づく。
わたしの言葉を聞いたホイットニーは、案の定「わけわかんねえこと言ってるなこいつ」みたいな顔をして、ベッドに横たわったままのわたしを見下ろした。数秒視線が絡んで、ふっと逸らされる。窓の外を見ながら、ホイットニーはふたたび煙草をくわえる。
煙がくゆる。
ホイットニーの煙草の匂いを感じて目を細める。彼はいつも煙草を吸っているから、吸っていないときでも煙草の匂いを身にまとっている。普通にしていると少しスパイシーで苦みが強くて、でも興奮して体温が上がるとホイットニーの香水の匂いが香って重い甘さが混じる。わたし一人で吸ってもこの匂いにはならない。
不意に、ぎしりとベッドが鳴る。音の方に視線をやれば、ちょうど私の顔の横にホイットニーの大きな手が置かれていたのに気づく。
「ホイットニー?」
名を呼ぶのとほぼ同時、ホイットニーが身体を曲げて顔が下りてきた。今にも触れそうな距離まできた唇に、ふぅと煙草の煙が吹き込まれる。霧散しそうになる煙を細く吸って口の中に留めて、吹き返した。甘い。触れるか触れないかのぎりぎりにある唇が、熱とニコチンを共有する。
何度かしてるけれど、ショットガンキスは普通にキスをするより、あたまが痺れてくらくらする。ニコチンの酩酊、だけでは説明がつかない。
ホイットニーが身体を起こそうとする。彼の微かに荒れた唇が離れていくのがさみしくて、顎に手を伸ばして下唇をやわく食む。濡れた舌でちろりと唇を愛撫して、でも深追いはせずに、ちゅといたずらな音だけを鳴らして口の端に児戯みたいなキスをした。ホイットニーが目尻を赤くしながら目を見開くのに満足して、人差し指の先で彼の熱い目じりをなぞってから、顎を包んでいた手をはなす。
何度かしてるけれど、ショットガンキスは普通にキスをするより、あたまが痺れてくらくらする。ニコチンの酩酊、だけでは説明がつかない。
ホイットニーが身体を起こそうとする。彼の微かに荒れた唇が離れていくのがさみしくて、顎に手を伸ばして下唇をやわく食む。濡れた舌でちろりと唇を愛撫して、でも深追いはせずに、ちゅといたずらな音だけを鳴らして口の端に児戯みたいなキスをした。ホイットニーが目尻を赤くしながら目を見開くのに満足して、人差し指の先で彼の熱い目じりをなぞってから、顎を包んでいた手をはなす。
「ガキかよ」
至近距離でわたしを見下ろして、ホイットニーが言う。赤らんでると迫力はあんまりない。
「そうだよ、知らなかった?」
「俺のアバズレがガキだったとは初耳だ」
「俺のアバズレがガキだったとは初耳だ」
わたしがしたのと同じようにホイットニーがリップ音を鳴らして口の端にキスをして、顔が離れていく。……自分でしておいてなんだけど、いつも舌を絡めるようなキスばかりする相手から触れるだけのキスをされるの、なんか、ちょっと……いや結構、だいぶ? 恥ずかしい。明確に耳が熱くなっている、自覚がある。ペた、と自分の頬を隠すように触れる。……やだ、熱い。
わたしがいまさら恥ずかしがっていることに気づいたホイットニーがくつくつ笑うけれど、特段何か揶揄われることもなく、また彼は窓の外に視線をやって煙草をくわえる。窓の向こうを見る彼の顔も、微かに赤いままだった。
まるで二人とも本当に子供みたい。――子供だったら、よかったのになあ。子供のままで居られたら、いつかの別れなんて意識しないでいられたかもしれないのに。
身体をずらして、ホイットニーの腿にあたまを摺り寄せる。彼の大きな手が下りてあたまを柔く撫でられて、また髪を梳かれた。その手の感触を享受する。
煙草と香水が混ざった、ホイットニーの香りが肌を撫でる。ああ、やっぱり、この匂い、好き。この香りに包まれることが許容される日ができるだけ長く続けばいいなあ――と思いながら目を細める。
ヒトは、五感の内「匂い」を一番長く覚えているらしい。
この先ホイットニーと離れて、彼の低い声や彼の熱い手がわたしに触れる感触を忘れてしまっても、この匂いをまとった男に抱かれていたのだということを、わたしはきっと、ずっと憶えているのだ。そう、ずうっと。
わたしがいまさら恥ずかしがっていることに気づいたホイットニーがくつくつ笑うけれど、特段何か揶揄われることもなく、また彼は窓の外に視線をやって煙草をくわえる。窓の向こうを見る彼の顔も、微かに赤いままだった。
まるで二人とも本当に子供みたい。――子供だったら、よかったのになあ。子供のままで居られたら、いつかの別れなんて意識しないでいられたかもしれないのに。
身体をずらして、ホイットニーの腿にあたまを摺り寄せる。彼の大きな手が下りてあたまを柔く撫でられて、また髪を梳かれた。その手の感触を享受する。
煙草と香水が混ざった、ホイットニーの香りが肌を撫でる。ああ、やっぱり、この匂い、好き。この香りに包まれることが許容される日ができるだけ長く続けばいいなあ――と思いながら目を細める。
ヒトは、五感の内「匂い」を一番長く覚えているらしい。
この先ホイットニーと離れて、彼の低い声や彼の熱い手がわたしに触れる感触を忘れてしまっても、この匂いをまとった男に抱かれていたのだということを、わたしはきっと、ずっと憶えているのだ。そう、ずうっと。