カシャン、と細い足のグラスが鳴いた。
細かく砕け散った硝子が指を深く傷つけて、肌を鮮やかな赤が伝った。

何かが、ぞくぞくと背筋を駆け抜けていく。










  001.シグナル










人差指から滴り落ちる赤。
第1関節の辺りから流れ、手のひらを伝い手首まで一筋の線を描いた。
ああ、どうしてこんなにも鮮やかに綺麗なんだろう。
病的に白い肌との対比で、赤が際立って魅入ってしまうほどに綺麗。
ほうっと恍惚の溜息が無意識に零れ落ちた。

視線の高さまで上げていた手首をグレイに掴まれた。
視線をやれば、いかにも不機嫌そうに「この傷は、」と訊ねてくる。
少々怒気が孕まれた言葉に、私はいつもと何ら変わらない声色で返答した。


「硝子で切ったのよ」
「自傷か?」
「まさか。事故よ」
「はあ、」


怒ったような気だるそうな、さっきの私がしたのとはまるきり違う溜息がグレイの口から紡がれた。
そして、グレイは手首をぺろりと舐めた。
そのまま彼は丹念に私の肌に一筋のラインを描いた血を舐め取る。
手首からてのひら、てのひらから人差指へとゆっくりとしつこいくらいの舌。
最後に人差指を軽く咥え、傷跡を消毒するかのように舐め上げた。
口の端についた血を自分の指で乱暴に拭って、グレイは私の手首を持ったまま怒ったような目を私に向けた。


「満足?もう放して」
「…包帯」
「大袈裟ね。ヤマトがナイフで指切った時は放っておいた割に」
「少し黙ってろ」


そう言うとグレイはリエナちゃんと揃いで買ったというハンカチを破いて私の傷口に巻いた。
真っ白なハンカチに少し血が滲んだ。
ああ、このコントラストも綺麗。染み一つ無い白と穢れた赤。
私の手をまるで壊れ物を扱うかのように優しくグレイは撫でる。
グレイが手の甲に優しく口付けた。


「破いて良かったの?」
「ハンカチなんて掃いて捨てるほどある」
「そう」


グレイは私の手をそっと放すと、散らばったガラスの破片を集め出した。
そんなもの放っておいても良いのに。光を受けて輝いてとても綺麗だもの。

ほら、こんなに綺麗なのに。

真直ぐテーブルの上に残った硝子を見つめた。
それは太陽の光を様々な方向へと反射させ、酷く美しく輝いている。
ふっと私の口が緩やかな弧の形を描いた。



「何かしら」
「…いや、何でもない」
「そう」


ぼんやりとだんだん血が滲み、それと同時に黒ずんでいくハンカチを見た。
ああ、黒ずんだ血は醜いのね。
瑞々しくて鮮やかな赤はあんなにも綺麗だったのに、こんなにも。
鮮やかさを失った血がこびり付いたハンカチを睨むように見つめた。

ふと、もう一度あの鮮やかな血が肌を伝うのを見たいという衝動に駆られた。

思うが早く、私は足元にまだ落ちていたガラスの破片をそっと手に取った。


ああ、これは一体何の合図だったのかしら?





2005/04/29
…この小説、書いた本人だけが楽しいんだろうなあ。痛いし。
珍しく、グレイさんが自らヒロインのこと気にかけてるのは私なりに大きな前進です!
この二人、見るからに恋仲じゃないですが。
グレイとの恋愛は本当に書けないです。ウェンも書けないんですけれど。
ま、こんな感じで気侭に少し崩壊気味に頑張ります。
これからもどうぞお付き合いお願いします。

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