耳に響くあなたの声。
その響きはまるで蕩けるチョコレートのような。

その甘美な響きに覆われた嘘なら、そのまま欺かれてもいい、と。
少し侵食されたかもしれない頭の奥で考えた。










  006.幻聴













あなたが呼ぶ私の名前は、なんだか本当は私のものではないような錯覚を憶える。
。そう呼ばれるたびになんだかくすぐったくて、ぞくぞくする。
あなたの声は、私を誘う。


「どうしたの?」
「…忘れモノ」
「あ、忘れてた。ありがと炎呪」
「おう」


ひょいと私に忘れ物――お気に入りの詩集――を投げて寄越した。
取り損ねて、私の指に中って床にばさり落ちる。
私は慌てて屈んでその本を拾い上げた。…良かった。変な折り目とかついてない…。
ほう、と安心して息を吐くと呆れ顔の炎呪が私を見下ろしていた。


「下手だな」
「…ええそうですよ…」
「まあこうなるであろうことは予想ついたけどな」
「その上で投げて寄越すのね炎呪は!」


相変わらずの意地の悪さね!と心の中で付け足した。
本についた埃を叩いてほろって立ち上がる。
炎呪が「、」と私の名を呼ぶ。
ぞくり。背を通うぞくぞくとした感覚に私は人知れず溜息をこぼした。


「悪かったな、機嫌直せ」
「…いいよ別に」


私の言葉を聞いて、炎呪がにやりと口角をあげて笑った。
「行くぞ」と短く呟いて炎呪が扉を開けて部屋から出て行こうとした。
私は迷わずその背を追いかける。
炎呪も、私が絶対付いて来ることを知っているから後ろを振り向いたりしない。
ただ、立ち止まって私が追いつくのを結構な先で待っていてくれるけれど。

開け放ったままだった扉が、ばたんと大きな音を立てて閉まった。


「足も遅いな」
「うん。でも炎呪が待ってくれるから」


『だから、遅くても何の問題もないの』
私はあまり広くもない割には、強く存在しようとする背にそう言った。
炎呪は振り返ってまた口の端を上げて笑った。


「そうか。…行くぞ」
「はいはい」


私の名を呼ぶ炎呪の声は、まるで私に呪いをかけているようだと思った。
絶対に逃げないように、私の周りに一段ずつ柵を設けているようだ、と。
炎呪の背を追う私に、何かが警鐘を鳴らし警告した。

 今なら間に合う、今すぐ逃げろ。彼から離れなさい、と。

…私は、それを幻聴にした。
聞こえなかったことにした。無かったことにした。
頭を振り、その言葉を無かったことにし、取り消すと私は炎呪の背を追った。


?」
「なに?」


…ああこの甘美な響からどうして逃げれよう。





2005/05/08
…あれ…?ううん、なんか納得いかないなあヒロインさん。
まあ、炎呪に名を呼ばれたときだけ狂った一面が垣間見れるようにしたかったんです。
いまいち失敗気味ですが、ね。
言葉の呪縛、縛め。絶対にお前は逃げられないと伝えるかのように。
この小説は相手が炎呪だったのに結構な難産でした。
多分他のキャラだったら倍の時間掛かったに違いあるまい…!

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