緩く握った手を、逆の手でそっと包み込んでみた。
話し掛けようとした言葉は寸でのところで行き先を失い、空気と同化する。

目の前の現実から視線を逸らしてしまいたかったけれど、決してそれは許されないのだと思う。










  010.血痕が語るもの










「あ……」


咽喉がひりついて上手く声が出ない。
言わなきゃいけないこととか言いたいこととかがたくさんあるはずなのに、咽喉がそれを出そうとしてくれない。
今にも倒れそうな覚束無い足取りで、そっと一歩近寄った。
西丸ちゃんの目が、私を見上げる。
私はどうしてもその目を見ることが出来なくて、俯いてまた一歩近付いた。


「…にしのまるちゃん」


今にも消え入りそうな、掠れた声だった。
ふいと視線は逸らされて、フレームの中に収められた写真にまた視線が落ちた。
西丸ちゃんの震える指先が、写真の中で柔らかく笑むお母さんを撫でた。


「…だいじょう、ぶ?」


…大丈夫なわけがなかった。
それでも、何故か言葉を形として出さなければならないような気がして、私は恐々言葉を紡いだ。
返答なんて期待してなかったし、絶対にないだろうと想像していた。
あまりにも現実は残酷で、それは鋭くそして深く心に刺さってしまう。

私は西丸ちゃんの横に少し離れて座った。


「……っそ…」


隣りから聞こえてくる声は、酷く辛そうで哀しげで、聞いているこっちが泣きたくなりそうだった。
震えていて、掠れてる。
その声は酷く震えていて、今にも消えてしまいそうだと思えてしまうほどだった。

ガシャン。

手からフレームが滑り落ちて、ガラスの割れる音が沈黙を引き裂いた。
粉々に砕け散ったガラスが飛び散って、私の足許にまで飛んできた。
細かいガラス片のことなんてお構い無しに、西丸ちゃんはガラスを払って写真を拾い上げた。
写真を大切なものを扱うかのようにそっと手に包み込んで、ほっと溜息をついて。

指から血が溢れてるとか。そんなこと気にも留めないで。
きっと、違う、絶対痛いはずなのにそれに気付かないで、西丸ちゃんは。


「西丸ちゃん」


さっきまでより、ちゃんと普通に声が出た。
西丸ちゃんの光が失せたように見える目が、二つ同時に私のほうを向く。
泣くことすら失った、その目はただ何もしない。何かを映すことすら放棄して。
座っていた腰をあげて、そっと西丸ちゃんを抱き締めた。
西丸ちゃんは抵抗も何もせずに、されるがままで、私を見上げる。


「西丸ちゃん、我慢しないで」


ぎゅう。西丸ちゃんを抱き締める腕の力を少しだけ強くした。


「…泣きたいときは、泣いて良いから、ね」


そっと広い背中を宥めるように上下に撫でれば、西丸ちゃんが私にそっと額を押し付けてくる。
そして、囁くように絞り出すような声で私に言葉を飛ばす。


「わりぃ…ちょっとだけ、借りるわ」
「うん」


静寂の中に、細く小さく西丸ちゃんの嗚咽だけが響いていた。





2005/06/11
ノマルさん漫画見て、タイムリーなネタを勢いだけで書いてしまいました。
えーとノマルさんの幼馴染なヒロインさん。
桜のお話と同じヒロインさんのつもりだったりします…。まあ蛇足ですか?
この小説を書いてるときはまだその3出てないんですけど、その3と色々違いがあっても目を瞑ってくれると嬉しいです。
これにてこのお題は終了です。いままでお付き合いありがとうございました!

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