何があったのか、よくわからない。
どうしてあんなことがあったのかも。

首筋に残る熱い跡。

今はそれだけが何があったのかを知るような感じがした。










I want  困惑させる色香










面倒な掃除も終わって、足早に放送室に向かった。
中には既に来ていたがいて、酷く青い顔をして俯いていた。
具合が悪そうにしていたのはさすがに心配なので、顔を覗き込んだ。

そこからが、信じられなかった。

真っ青な顔をしていたが突然に挑戦的な笑みを浮かべた。
そのまま首に腕を回され、首筋を舐められた。
ただただ、驚くことしかできなかった。
その時、確か名前を呼んだような気がしたが、はそのままもう一度首筋を舐めると。


首筋に歯を立てた。


何をされたのか、全くわからなかった。
痛みと何かが背筋を一直線に走ったような感覚がした。
の白い咽喉が上下すると、赤めの制服の布地も一緒に上下する。
それが艶やかに映って、思わず息を呑んでしまった。
伏せられた睫毛は長く整っていて、肌は酷く白くて、目を逸らせなかった。

を離す気になれば離せたのに、離さなかったのは何故かわからない。


暫ししては首筋から唇を離した。
血が溢れて、すぐに傷口が塞がった。少し赤みが残った。
の舌がその血を追うようにしてそれを舐め取る。
唇についた血を舐める仕種が、目に残った。


白い肌、赤い血、赤い唇。


艶やかで挑戦的な表情を浮かべていたの名を呼ぶと、一瞬でその表情が凍った。
驚いたような、困ったような、そんな表情を浮かべた。



「あ、あの、はとばさん、す、すみませんでした…っ!」



ただ、それだけ言い、は鞄を掴み走って放送室を出て行った。
追いかけようとも思ったのだが、腰が抜けて椅子に座り込んでしまっていたので無理だった。


一体なんだったのか理解し難かったこと。
本当は結論が脳内で示し出されようとしているのだが、如何せんそれを納得したくない。



「こんにちはぁ」
「お兄ちゃーんこんにちはー」
「………!あ、ああ」



不意に扉が開き、入ってくる人。
思考の渦から急に現実世界に引き戻された。

が帰ってきたのかもしれない、と思った自分が少し滑稽に思える。



「え、あれ…?ひ、ひなじくん…!」
「うきゅ、のとたんどうしたんでつか〜?もしかして愛の告白とか!」
「ち、違うよ、首…!」
「首?何の話?」
「あのね……」



他は放っておいて、また思考に浸ることにした。
は、俺の首筋に…噛み付き、恐らく血を吸った。
この事実だけで導かれるのはたったひとつの結論。
でもそれを信じるには話が些か突飛すぎるし、いまいち納得いかない。
では、それ以外に何か原因があったとするのが妥当なのだろうか。



「最初はグー!じゃんけんポン!」
「あーいこーでしょ!」
「あーいこーでしょ!」
「あーいこーで」



しかしそれ以外の結論は決して思いつかない。
そして、きっとそれが正しい結論だと納得している自分もいる。
ただ、それを信じたくないと思っている自分もいるだけで。



「…あのーお兄ちゃん、ちょっといいでつか…?」
「何だ?」



おずおずと、聞きにくそうだと言わんばかりに話し掛けられる。
一応返事はしておくが。



「首、どうしたんですか…?とか言ってみるテスト…」



そう言って自分自身の首の下辺りを指差される。
首はどんなに頑張っても見ることができないので、近い位置に指を触れる。
――まだ、熱っぽい。
まだ熱っぽい温かさがある。見なくてもわかる。これはさっきの痕だ。



「…虫刺され」
「あ、虫刺され!うん、わかった。お兄ちゃんありがd…!のーとたーん!」



本当のことは言ってはならないとわかっていたから、適当な嘘をついた。
もう一度ぼんやりと痕を撫でる。


恐らく、が吸血した時につけた痕。


いや、それはもう確実に正解だと思う。
その痕に触れ、俺は心内で思わず笑んでしまった。
何故笑ったのかはわからない。


けれど、自分の中で何か今までとは違う感情が湧いたことは確かだった。





2005/02/12
続きは貴女のお好みのままに想像してみてくださいね。
あ、あのじゃんけんはどちらがはとばさんに聞くかのじゃんけんです。
のとくんも年齢相応に耳年増だったりすると面白いと思います。
上の話、黒のと様は除外ですよ。彼は知り尽くしすぎです。