遠 い 風










風が吹く。
その風は、心成しか冷たいような気がした。
私の心とシンクロしてこの風は冷たいのではないのか、とありもしないことを考えてしまった。
この風は私に無理にでも真実を突きつけてくる。
それは宛ら鋭利なナイフ。
そのナイフの刃先は心の奥の小さな傷を徐々に押し広げていく。
まだ完治せず血が滴っている傷が、だんだん広がっていく。

真実に目は向けたくない。
けれど、私はわかっているのだ。
いい加減、このあやふやな関係を打破しなければならないことなんて。
このままグレイと一緒に居たって互いにマイナスにしかならないなんて。

でも、まだ恋人という椅子にしがみついていたい。
…ずっと渇望していた。前から座りたいと望み続けた。
絶対に座れっこない、と諦めかけたその時に降って湧いたその椅子。
……それにまだ座っていたいと思うなんて、私はどれだけ愚かなんだろう。

強く風は吹いた。
私の結んでいない髪は、はらはらと風に乗り流れるように舞う。
…グレイが「俺、の髪は下ろしてたほうが好きだ」と言って以来ずっと結んだことなんてない。
盲目的だったあの頃はグレイの言うことが全てだった。
今となっては、そんなにただ我武者羅に彼を追っていた頃。

ただ、グレイのことが好きなだけで他の余計なことを考えないで隣に居て悪巫山戯なんかをしてた頃。
ウェンやリーちゃん、果ては炎呪まで巻き込んで片想いの愚痴をつらつら重ねたりもした頃。

――そんな、本当の事に気付けなかった頃のほうが幸せだったのだと思う。


グレイが何よりもリエナちゃんのことを大切にしている。
そんな簡単なことに、私はどうして気付けなかったんだろう。
例え恋人ができたってそのグレイの姿勢が変わりっこないって、冷静になればきっとわかっただろうに、どうして気付かなかったんだろう。
グレイが私に好きだって言ったのは、リエナちゃんがいない寂しさで自分が見えてなかったからかもしれないということ、どうして今まで気付けなかったんだろう。


さん、もう冷えますから中に戻ってください」
「……リーちゃんか」
「かとはなんですか。他の人のほうが良かったとでも…」
「自分の感情に正直になって言うなら他の人、とりわけ」
「…すみません。だから言わなくて結構です」
「リーちゃんも今の私には優しいのね」


同情なんていらない。
欲しいのはグレイの本当の心だけなのに。
だけど本当に欲しいものは例えどんなに足掻いても手に入れられない。

ちゃんと考えていればすぐにわかったのに、あの頃は何も見えなくて近くにいれただけで舞い上がってた。


「何言ってるんですか。僕はいつもさんには優しくしてますよ」
「そ?ま、良いや。部屋戻る」
「そうですね、早く戻りましょう」


本当は中になんて戻りたくなかった。
否応無しにグレイと一緒の空間を共有することになる。
真っ直ぐに、真実と向き合わざるを得ないし、なにより、私は気付いてしまった。

…グレイは私なんて見てなかったんだってことに、気付いてしまったから。

その目が私を通して別のものを見ていて、グレイの目には私なんか映っていないと。
気付かなければどんなに幸せだったんだろう。
無知のままでいられたならば、いつまで幸せなままで居られたんだろう。

私はそっと目を閉じた。

扉が閉まる寸前に今日の中で一番強い風が吹いて、私の髪先が散らばる。
それに押され扉の閉まる速度が急に上がって、大きな音を上げて扉が閉まった。
その音の大きさは、私の傷跡の深さと同じような気がした。
音に驚いてなのか何なのか、ぼんやりとグレイが視線を上げた。



「……なに?グレイ」


グレイが私の名を呼ぶ。
私はその声で心が波立つのをそっと隠してなんらいつもと変わらないように返事をする。

ああ、いつになったら私はこの関係を断つ勇気が出るのでしょうか。
今のままでいたらいけないとわかっているのに、別れを切り出せないでいる私に
彼との関係を切ることだができるのでしょうか。


グレイの指が好きだと言った私の髪に触れる。

ああ、このときのあなたはこのときだけでも。
…このときだけでも、あなたは、わたしのものですか?





2005/04/19
グ、グレイさん…夢…甘いの書こうとしていた…はずなんですけどね。
どうしよう、本当にグレイさん夢は甘いものが書けません。
私のグレイ像が偏ってるんでしょうか。そうですか、哀しいです。
いつもと違う雰囲気にしようとしてこんな小説になりました。
この小説にリーはヒロインさんに憧れていれば良いなあ、なんて。
ごめんなさい希望的観測しました私。
甘くなくて切ないだけの小説で大変申し訳ない。

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