無を愛でるアイコノクラズム
私は貴方を愛しているのですよ、それなりに。


 明智に屈するのは、どうしても俺には我慢ならないことで。俺は、そのまま明智をねめつけた。明智がそういうことを気にするような人ではないと知っている。気にしないどころか、それを契機に悦ぶような奴であることも知っていたが、屈するというのはあまりにも屈辱だ。
 俺は決して目を閉じたりはせずに、睨みつけた。

 奴の指は、きりきりと、俺を、俺の意識をも、追い詰める。

 酸素の足りなくなった頭は、何一つとして、マトモな思考を抱こうとしない。ふらふら。ふわふわ。ぐるぐる。吐気すら感じるほど、強い指先。ぎり、と、軋みだす骨。酸素が足りない。抵抗など、できやしない。酸素が足りない。

「良い表情ですね――独眼竜。もっと見せてください」

 その声には、楽しみのようなもの――むしろ、悦びが滲んでいた。
 首を締めて追い詰めることにも飽きたのか、突然首の苦しさが消え失せる。唐突に酸素が流れ込んできて、俺はむせ返った。
 酸素が足りなかった苦しみか、突然酸素が過剰供給されたからか、生理的な涙が滲んだがそんなもの気にしてなどいられない。荒げる呼吸を無理やり鎮めながら、睨みつけるように明智を見上げる。
 明智は厭な笑みを浮かべて、左手を、そっと右目に――俺の目に、近づけてきやがった。

「――ッ、や、め」

 さきほどまで押されていた影響か擦れてしまって、声になりきらなかった音しか咽喉は紡いでくれなかった。
 明智の左指は、南蛮の人形でも愛でるかのように俺の眼帯を撫ぜる。全身の血が逆流するのではないかというほどの悍しさが競りあがった。
 しかし、衰弱しきった躰ではまともな抵抗もできない。明智が眼帯を除けてしまうのに、この上ないほどの絶望と何かを抱いた。

「ああ……空っぽですねぇ」

 晒された右目、空の右目を、明智は宝珠でも扱うかのようにやんわりと撫でる。
 ぞっとした。小十郎以外の奴にこの右目を触れられているという事実に。恐怖した。この右目を、悍しい消してしまいたい過去を曝け出している事に。

「素晴らしい。美しいですよ、独眼竜」

 そう言って、俺のがらんどうの右目に口付ける明智。俺はただただその事実を恐れ、恐怖した。

 からっぽの右目から、涙が落ちた。





write:2007/03/04
up:2007/03/04
やっと書いたよアケダテ!! 前々から書きたい書きたいと思ってたんですよ。
このネタも、ずっと書きたくて仕方なかったネタで……。
からっぽの目にキス。もう眼球のない目からこぼれる涙。
タイトルもお気に入り。いやー明智ありがとうひさしぶりに満足だ。