エロスとタナトスのくちづけ
私に貴方のスベテを見せてください


「……何の真似だ、明智光秀」

 喉仏に突き付けられた小刀からは、ひやりと底冷えする何かが漂っていた。
 きっと、野生を思わせる鋭い表情で光秀を睨みあげたが、彼はそのような視線すら楽しげに享受していた。くつくつと、新たな玩具を手に入れた直後のような笑みまでもうかべている。
 ち、と政宗は小さく舌打ちした。秋も薫け、少し待てば冬になる時期。このような時期に戦はない。されば奇襲すらないだろうと高を括っていた節があったことも否めない。小十郎の小言を軽く往なし、城を抜けだしたことを政宗は強く後悔した。

「おやおや独眼竜、そんな怖い目をするのはお止めなさい。綺麗な顔が台無しですよ」

 ──まぁ、私はそういう顔の貴方の方が好きですけどね。ゾクゾクしますよ。
 睨まれた状況に恍惚するように、光秀はうっとりと囁いた。政宗は眉一つ動かさず、非難するように言葉をあげた。

「……変態が」
「それは心外ですね。ただ純粋に言ったまでなのに」

 光秀は愉しげに言うと、小刀にかける力を微か強める。肌の表面の薄いところが切れ、じわり血が滲む。政宗は、その悪趣味なやり方に眉を顰めた。相手を死に到らせるには、あまりにも緩いやり方だった。

「間怠いな」
「えぇ、殺そうとしているわけではありませんから。丸腰の相手を甚振る趣味もないでもないのですが──今日は別の方法で楽しませてもらいましょう」

 光秀は、日本人特有の黄色味がかった白い肌に滲む赤銅色に、ゆっくりと舌を這わせた。ぺろり、味わうように舐めあげる。じくじくと脳に響く痛みに、政宗は微か眉を顰めた。その痛みにだけではなく、行為自体を嫌悪するかのように。

「何の真似だ?」

 再び、同じ質問を口にする。重々しい声色、冗談など許しはしないと言わんばかりの語気で。

「ふふ……気付いているんでしょう、独眼竜」

 光秀は、政宗の頬から顎にかけての線に指を滑らせる。その意味がわからないほど政宗は幼くなかったし、「幼く、無知なままでいられたらどんなに楽だろう」と無い物ねだりをする程愚かでもなかった。

「退け」
「それは聞けませんね」
「Ha. ならば退かせるまでだ──!」

 政宗は、利き腕とは逆の自由な腕で、喉仏を今にも切り開かんばかりの状態にあった光秀の腕を弾く。小刀が宙を舞い、からんと乾いた音を立てて落ちる。刃が掠り、また薄ら血が滲んだことに、内心唾棄したが、そんなことは気にせずに。
 体勢を変えようと体を曲げ、大きく躰を揺らして光秀に隙を作らせようとする。手許には得物もないし、何より片腕が封じられている。圧倒的な劣勢をひっくり返そうと、政宗も必死なのである。
 光秀は、足の下で体を大きく揺らし暴れる政宗を見下ろし、右腕を握る力を強めた。

「まったく……仕方がありませんねぇ」

『何処まで私を楽しませてくださるのでしょう』と、ここではないどこかを感じているような声色で呟く光秀に、政宗は畏怖の情を抱いた。あまりにも自分とは違いすぎるのだ、この男は。
 その一瞬の隙を、光秀が見逃すはずがなかった。自由にさせていた手と押さえていた手をひとまとめにし、襷で手首を縛り上げる。片手でそれを押さえ込んで、光秀は舌なめずりをした。

「なかなか良い光景ですね、独眼竜」
「ほざけ」
「強がる姿も素敵ですよ」

 そう言って、光秀は政宗の着物を寛げる。指先で白い肌を辿ると、政宗はあからさまに眉を顰めた。

「血の赤が映える、良い色……」

 くすくすと笑う光秀の目には、澱んだ欲望が灯っていた。

「ああ……この身を今直ぐにでも引き裂いてやりたい──」

 光秀が鎖骨に噛み付くと、肌が裂けた。紅い血がぷくりと球状に盛り上がり、光秀は愉しげにそれに舌を這わせる。びくりと、政宗の肩が跳ね上がる。

「ふふ、どうしました? 独眼竜」

 口調はあくまで柔らかいままで、鎖骨に舌を這わせ、ふたつの傷跡を撫でる。その手付きは、まるで精巧な硝子細工を扱うようで、西洋人形を愛でるようだった。

「さぁ、見せてください。──貴方が壊れるのを」





write:2007/03/08
up:2007/03/09
伊達をぐちゃぐちゃにしようとする明智の話。
つまりはアケダテえろすの前哨戦のようなものです。
本番は書くか未定。出来たら書きたいですが。