じゃらり、響く音はメビウス
今の俺にあるのは、意地だけだ


「ふふふ、独眼竜、今日の気分はどうですか?」

 光秀の声は、冷たい響きに満ちていた。口振りだけは嫌に丁寧、けれども、政宗の耳には冷淡に聞こえた。

「別に……いつも通り変化ねぇよ」

 気怠げな掠れた声で政宗が返答すると、光秀は満足そうに笑った。政宗はその顔が心底嫌いで、囚われの者とは思えないほどに強い顔でそれを睨む。む、とした表情を浮かべ、光秀は柵越しに腕を伸ばす。政宗がそれから逃げるように動くと、じゃら、と鎖の音がした。
 狭い牢獄に、その音は存外に大きく響いた。

 明智光秀率いる軍に伊達軍が敗北したのは、つい一月前のこと。政宗は伊達の兵の反発を起こさせないための道具として、討ち死ぬことなく明智に捕らわれた。政宗の生活は、当然のように、大名だった頃の生活から一転した。
 けれど、政宗は泣き言も怨み言も口にしない。例えどんなことがあっても、決して嫌悪と憎悪、そして激情の光だけは、宿さなかった。何も映さないように、努めていたのだ。

「そういうことではありませんよ。織田に……いえ、明智に頭を垂れる気に、なりましたか?」

 光秀は、手を伸ばして政宗の頬に指を触れた。ほんの少しの動きでも、鎖が音を立てて随分と耳障りだ。

「Ha……何度も言ってんだろ。伊達の兵と民の安全を保証しろ、話はそれからだ」
「独眼竜。あなた、自分の立場を理解していませんね――?」

 光秀の瞳に獰猛な色がともるのを、色のない目で政宗は見た。
 がしゃんと音をたてて、牢の鍵が開けられた。「ああ、またか」と、声には出さないものの、政宗の口がかすかに動く。それを見て、光秀は口許に笑みを乗せた。後ろ手で、牢の戸が閉まる。

「何度も教えているはずなんですがねぇ」

 言葉とは裏腹に、光秀の声は楽しそうだった。光秀は、じゃらりと音をたてて鎖の端を掴み、政宗の顔を引き寄せる。
 ぐいと政宗の前髪を掴み、視線を合わせた。政宗は無表情なままだ。
 前髪を掴んでいた手で、そのまま政宗の身体をひっ倒す。どす、と鈍い音がした。肺を強かに打ちつけたのか、ごほごほと政宗が咳き込むのを、光秀は愉しげな目で見下ろしていた。
 顎に指を掛けて、それを持ち上げる。唇を弦月の形――政宗の、兜と揃いの――に歪ませて、光秀は笑う。

「また教えてあげないとなりませんね、独眼竜」

 じゃらり。湿った牢の中に、鎖の音が響いた。





write:2007/03/14
up:2007/03/15
昨日の更新といい、これといい、負け続きだね。
今日は、精神的なダメージが大きすぎて甘いのがかけそうにないんです。
まだ私に心の準備が出来てないのに、そんな話聞きたくなかったよ。
ねえ、……いなくならないで下さい。