イカロスは翼を奪われた
互いにそう思っていた
「貴方を下さい」 光秀の、真面目なのか悪ふざけなのか、どちらとも取れないような、軽い口調での言葉。政宗は溜め息を一つ落として、その言葉をまるっきり無視した。光秀の言葉を真面目に取り合おうとすればしただけ、心労が増えるだけだ、と政宗が気付いたのはいつだったろうか。 煙管の先から、ふわりと流れている煙を見上げて、光秀は口許に笑みを浮かべる。少しの抵抗を見せる政宗を愛でるように。 「独眼竜。無視しないで下さい」 「……何だよ」 嫌々、政宗は返答した。その、渋々といった口調が気に入ったのか、光秀は口許の笑みを濃くする。 「貴方を、私に下さりませんか、独眼竜」 光秀の指が政宗の首筋に触れる。人の血を浴びることに悦びを見出す手で、生けるものである政宗を慈しむように、優しく。 しかし、煙管を持つ政宗の右手が、その手を拒否するようにはたき落とした。 「却下だな。――俺は俺のものだ、誰のものにもならねぇ」 「それは――残念ですね」 次は手ではなく、光秀の唇が首へと張り付いた。驚きで、政宗は思わず煙草の入ったままの煙管を畳に落としてしまう。慌てる政宗など気にする素振りも見せず、光秀は鎖骨の上あたりに歯を立てた。 じくりとした痛みと、そして、体温と同じ温度の赤がどろりと伝う感触がして、政宗は煙管のことを無視することにした。 「しかし貴方は、己のためではなく家臣のため領民のため、生きるんでしょうね」 「そりゃあ、な……」 「私とは、違って」 光秀はそのまま、政宗の身体を畳に引き倒した。そして、彼の首に指を回し、緩い力をこめる。政宗は表情を微かに眉を顰めたが、碌な抵抗もしない。息ができないわけでもないし、何より、光秀の表情を見れば、政宗を殺そうとなんてしていないことが、すぐにわかったからだ。 「独眼竜。貴方は、もう少し自由に生きて良いんですよ――?」 泣き方を知らない光秀は、表情をただ歪めるだけ。泣き方を捨てた政宗は、そんなもの関係ないといわんばかりに豪傑に嗤う、だけ。 「――俺は十分自由だ。手前に心配されるほど、落魄れちゃいねぇよ」 「そうですか。……そういうことに、しておきましょう」 光秀は力をこめていた指を離して、先ほど政宗が取り落とした煙管を拾い上げた。畳は、落ちた燻る刻み煙草の所為で、微かに焦げていた。苦い匂いが、い草の匂いに混じる。 ――その苦味は、何所か、彼に似ていた。 write:2007/03/24 up:2007/03/25
自由奔放に生きる明智と、人の上に立つため自由を失った伊達の話。 不器用な明智が伊達に逃げ道をあげようとするんだけど、 同じくらい不器用な伊達は自分の選んだ道を全うしようとしてるのです。 そんな、不器用たちの、互いを思うお話。 目標は「今までのアケダテとは別ベクトルへ行く」。達成できたかな? |