狭い世界
その世界に、俺はいない
「Hey、石田」 薄暗い牢に声が響く。三成はゆっくりと首を動かし、音の発生源をぎろりとねめつけた。三成の琥珀色の鷹の目は吊り上げられ、戦場のものとは質の違う殺意を漲らせている。 政宗は肩を竦め、格子越しに三成を見下ろす。水浅葱の衣から覗く縛められた三成の両手足は筋力が削げ、痩せ細っている。昔日のように戦場を素早く駆け刀を振るうのは、恐らくもう不可能だろう。 「気分はどうだ?」 政宗の言葉に、三成は唇を動かした。息が漏れ、空気の擦れる音がする。水分は充分に与えられているはずだが――と考えながら、政宗は三成の言葉を待つ。 「……最悪、だ」 掠れて小さくなった三成の声が、牢に響く。 三成の言葉に、政宗は剣呑に眉を顰めた。ぎりと右手を握り締めるが、政宗はその苛立ちをむりやりに押し留め、牢の中の三成に言葉を投げる。 「Ha, 言葉には気をつけろよ? テメェの生殺与奪はこっちが完全に握ってんだ」 「殺すなら殺せばいい」 言外に「できぬだろうがな」と滲ませ、三成は政宗の言葉を軽く斬り捨てた。半ば反射的に政宗は舌打ちした。その様を見上げ、三成はせせら笑った。自由を奪われ囚われの身となっているとは到底思えない仕草だった。 三成はわかっているのだ。戦場で刃を交えた時に殺されなかった以上、このような人目につかぬ場所で殺されるはずがないということを。 目に漲っていた殺意は、いつの間にやら霧散している。その様子を見、再び政宗は舌打ちした。政宗は三成のことを復讐に囚われ時勢も読めぬ考え足らずだと思っていたが、その評価を改めるべきかもしれない、と算段した。 「そうは言っても、いずれ処刑されるかもしれねえだろ?」 「そう言うということは、まだそれも決まってないのか」 三成は涼しい顔でそう言ってのけた。 三成の表情とは裏腹に、政宗は苦い顔で三成を見下ろす。 「手前は意外と頭回るんだな」 「体が動かせぬ以上頭を動かすしかないだろう。生憎と時間だけは有り余っている」 まだ舌が自在にとはいかないのか、三成は常より大分ゆったりとした口調で言った。しかしそれが政宗の癪に障る。政宗の目には、その三成の態度が、まるで余裕を演じているかのように映るのだ。 「その時間もいつまで保つかわかんねえ癖に悠長だなァ、石田?」 「生きようとも思っていなかったのでな」 返答する三成の言葉は、淡々としていた。 その言葉に政宗は眉間に皺を寄せた。格子を掴んで中を覗き込むと、戦場で見た立ち姿からは到底想像のつかない、力なく横たわる三成と目があった。 「それは今もか? 石田」 「何の話だ」 「生きようと思っていなかった、つったろ。それは今もかって訊いてんだ、You see?」 政宗の言葉に、三成は何故こんなことを聞かれるのだ、と言わんばかりの表情を浮かべたが、しばらくしてから、やはりゆっくりした口調で返答した。 「今もだ」 その言葉は、ひどく重苦しく響いた。 「……今もか」 「むしろ、今の方がよりそう思っているかも知れん」 半兵衛様は病で亡くなった。秀吉様は家康に討たれた。刑部も関ヶ原で喪った。秀吉様のいない世での唯一の目標とも言えた家康を斬滅することさえ、今となってはもう叶わない。 三成の呟きは、洩らさず全て政宗の耳に届いていた。その呟きに、政宗の表情が歪む。格子を掴んでいた彼の手の力が一層強まり、格子がぎしりと軋む音が響いた。 「……家康は手前を殺さない。分かってんだろ」 「私の絆を奪い尽くして尚絆を謳うか、家康」 政宗の問いには答えず、三成はぽつりと呟いた。その声に、戦中に聞いた激情に揺れ怒りと恨みのこもった響きは微塵も無い。何処までも淡々と抑揚がなく、いっそ空虚なほどの響きを湛えていた。 政宗の存在を無視したようにぼんやりと虚空を見上げる三成を政宗はしばらく見つめていた。 「なぁ。俺の名前、呼べよ」 四半刻ほど経ったか、政宗が静寂を破るようにして言った。 政宗の言葉に、三成は緩々と視線をそちらに向ける。空虚な目だ。その目に、ここに来ていの一番に見た囚われとは思えないぎらついた色の面影は何処にもなかった。 「……何の話だ」 「俺の名を呼べ」 家康だけじゃなくて俺を見ろ、世界はそんなに狭くない、と政宗はか細い声で付け足した。 三成は探るような目で政宗を見つめたが、不意に興味を失ったようについと視線を外した。 「私は貴様の名など知らん」 吐き捨てる。 ぎり。格子の軋む音と政宗が歯を食い縛る音が、薄暗い地下牢に響いた。 write&up:2010/10/04
よもや「政宗受けなら何でも節操無く書きます」と謳っていた私が政宗攻めを書くことになるとは。 世界は何が起こるかわからんですね……いやマジで。 受け攻め相対性理論的に、三成とだと政宗様の方が攻め度高かったってだけなんで、 私が政宗様攻め派に転向したって訳じゃないです。 結局のところコンセプトが伊達苛めな辺り、私の本質は変わってないと見た。 |