奪えども能わず
彼は死を待つ されどその死は訪れず
一陣の冷たい風が部屋に込み、部屋の真中から庭を昏々と見つめ続けていた三成は、ぼんやりと顔をあげた。 北は、寒くなるのが大阪よりも早いらしい。三成はふらふらと立ち上がり、丸窓に歩み寄った。 天下分け目の戦であった関ヶ原に敗れた西軍の総大将であった三成は、敗戦後、ここ奥州の地で監視されながらではありながら生きていた。――敗将を処刑もせぬ生かすとは考えにくい。大掛かり処刑の準備でもしているのだろうか。或いは落とした首の台でも作っているのかもしれない。考えながら、三成は丸窓の障子を閉じた。 障子の向こうにも、廊下にすら人の気配はない。 屋敷の中でも最も最奥にあるこの座敷には、女中などに近寄らぬよう言い含めてあるのだろう。滅多に足音もしなければ、人影を見ることもほぼない。それでいい。人と馴れ合う必要などない。 閉じた障子を一瞥し、三成は再び先ほど同様に部屋の端で腰を下ろした。姿勢を正して座す三成の姿は、傍から見れば物静かな青年にも見えた。 三成は静かに目を伏せ、ゆっくりと呼吸をした。いきものの音がしない部屋に、三成の呼吸の小さな音だけが響いている。 丹田に息を溜め、それをゆっくりと吐き出す。 端然と座し、目を閉じ深呼吸を繰り返す三成は、瞑想をしているようにも、精神統一をしているようにも見えた。 「――よォ、石田」 すらりと、障子が開いて、青の色無地に羽織を合わせた政宗が、我が物顔で三成に与えた座敷に押し入った。彼の右目を侍らすこともなく、左手に持った煙管で三成の方を指し示しながら、くつくつと政宗は笑う。 しかし三成は、身体の向きをそちらに向けず、瞑った目を開くこともしなかった。ただ、静かに呼吸を繰り返すだけ。 政宗は舌打ちを一つ落として、大股で三成の方へと歩み寄った。三成のすぐ目の前で膝を曲げて屈み込んだ。 ちらりと政宗は、隻眼で三成の手を見た。袖口から覗く三成の手は、前よりも一層――政宗は、三成の手が「前」にどんな風だったかなんて、戦中のそれしか見たことがないのだが――薄くなっている。袖に隠れた両腕の筋力は、鍛錬をさせていない今となってはだいぶ削げ落ちているだろう。 今の三成の姿からは、戦場で凶王として恐れられていたことなど、毛頭想像もつかなくなっていた。 「石田、オイコラ返事ぐらいしろ」 三成に噛み付きそうなほど近い距離で、政宗は苛立たしげに言った。 流石に近距離での大声が効いたのか、三成はゆっくりとした動作で目蓋を押し広げた。しかし、目の前にいる政宗には視線を合わせることはなく、ふたたび瞳を閉じようとした。 「テメェ――好い加減にしろよ」 政宗の手が、三成の顎を強く掴む。三成はそこでやっと、目の焦点を政宗に合わせた。 三成の怜悧なまなざしが、政宗に向けられる。 「何か言えよ、石田三成」 顎は掴んだまま中指で咽喉をなぞり、政宗は三成に言った。政宗の隻眼は激情を灯し、三成を半ば睨みつけるようにして見つめている。三成は無表情のまま政宗を見ていたが、何かを言おうとしたのか、唇をゆっくりと開いた。 ――しかし、三成の唇から、音が紡がれることはなかった。紡がれかけた三成の声は、政宗の唇に全て奪われる。三成のかすか開いた薄い唇に、政宗が噛み付くように口付けたのだ。 まさかこうなるとは思っていなかったのだろう、三成の目が微かに見開かれた。返事も禄にしない三成の反応を得られたことに政宗は内心ほくそ笑みながら、そのまま三成の下唇を噛んでから唇を離した。 三成の乾いていた唇は僅かに濡れ、そして、うっすらと血が滲んでいた。 「まるでrougeだな」 顎を掴んだのとは逆の手の親指で三成の唇をなぞり、政宗は言った。 三成はじっと、能面のような表情で政宗を見据えていた。いっそ表情を殺しているのではないかとも思えるほどの無表情で、唇のひとつも戦慄かせない。 その無表情に、政宗は再び舌打を一つ落とし、三成の顎を再び自分のほうに引き寄せる。 三成の唇についた血は、まるで化粧のようだった。 write&up:2010/10/18
「生産性」とPCで変換したら「政三性」って変換されて、『ああこのPCもうだめだ』と思いました
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