彼の初恋
うまくいけばいいなと、思う


「佐助、某は変になってしまったのだろうか」

 真顔(けど、顔は真っ赤だ)で、俺の目の前に正座している旦那は、そう言った。声色は真面目だし、道場で竹刀で打ちあっている時と同じくらいの表情。けれど顔は真っ赤だ。
 どうしたの、と、内心を気取られないように飄々とした風を装って問い掛けてみると、旦那は一瞬だけ俯いて、けれどすぐに事情を話し出した。

「最近、あることを思うと食事が咽喉を通らないのだ」
「……」

 いや、旦那十分すぎるほど食べてるから。1食でご飯を3膳食べるなんて、寧ろこっちは食べすぎで体に悪いんじゃないかと心配してるから。
 とも一瞬思ったが、言われてみれば、(少しだけではあるが)食事量が減っている気もする。大好物の団子も出した分で満足し、「足りない足りない」とは騒がなくなった。少しは減ったのかもしれない、と思い、真面目に耳を傾ける。

「そのことを思うと、体中が、なんというか、こう、熱くなって――」
「うんうん」

 相槌を打ってみる。
 人は、相手が自分の話を聞いてくれている、とわかると、うっかり要らないことまで話してしまうもの。相手の話を引き出したいときは、興味のない話をされているときも相槌を打つのがベター。

「学校で彼女を見かけると、何故かはわからぬが、心臓がぎゅーっとなるのだ」
「うんう……ん?」

 ちょっと待って旦那、彼女っつった? は、え、どういうこと。あのプールに行って水着姿の女の子見掛けただけで破廉恥って叫んで倒れちゃうような旦那が、女の子のこと、口にしたの!? ちょっと待って旦那、何時そんな娘に会ったの!? って、学校って言った? 誰、誰に惚れたの旦那!

「心の臓が、どくどくと煩くなる……」

 あああああ、思い出したのか何なのか、旦那の顔が鉢巻なんか目じゃないくらい真っ赤に染まってく。何所が境目なのかわかんなくなるよ、旦那。
 自分もどこか気が動転しているのがわかる。そっと深呼吸して、旦那に一つ問い掛けてみた。

「……えーと、旦那」
「何でござるか?」
「その、えーと『彼女』って、誰?」
「知らぬ。時折見かけるだけなのだ」

 ……学校で見かけるってことは、調べる若しくは知る手立てがあるはずなのに。やっぱり旦那は旦那か、と色々と安心してみる。

「じゃあ、何所ではじめて会ったの?」
「……先日、佐助に教科書を借りに行って、借りずに帰った日だ」

 ああ、あのどうして呼ばれたのかわからなかった日か、と、思い出してみる。――寝ている俺を声一つで起こした、クラスメイトの女子を思い出す。

「ああ――伊達ちゃんが俺起こしてくれためずらしー日ね」
「伊達ちゃん、……?」
「あー旦那が俺の教室来たときに、俺呼んでくれた娘。覚えてない?」

 といった瞬間、旦那の表情が変わった。いや、なんかもうどんな言葉であらわせば良いのかわかんないくらいな顔をして、もうむしろ、鉢巻よりも真っ赤な顔になってる。
 そこでやっと、旦那が誰に胸を動かされているのかを理解した。――そして、旦那にはきっと無理なんじゃないかなあという、正直な思いが過ぎる。
 けどまあ、旦那の初恋だし、俺は応援してあげようと思うよ、うん。

「伊達。伊達殿か……」
「あー氏名は伊達政宗ね」
「……伊達政宗殿か。伊達政宗殿、伊達政宗殿……」

 大切なモノを忘れないようとする子供のように、伊達ちゃんの名前をくりかえす旦那が、なんだか昔の姿そっくりで。
 俺は、この恋がうまくいけばいいなあ、と、心の底から思った。





write:2007/03/21
up:2007/03/22
伊達の名前をはじめて知った幸村くん。
本当は、佐助を絡ませずに書いていくつもりだったんだけど、
協力者ナシでは伊達と会話すら出来そうになかったので、
急遽、協力者佐助を登場させることになりました……
「まあ、とりあえずちょっとずつ頑張ろーか、旦那」
「……何をだ?」
「(だ、旦那ってば自分が恋してるってことすら理解してないのかよ!?)」