結びきりでは終われない
その先に、触れたい


「三成。今いいか?」

 部屋の外からの呼び声に、三成は佩楯を留める手を止めて顔を上げた。障子の和紙越しに、家康が部屋の前で三成の答えを待っているのが見えた。
 全く、家康は進軍の直前だというのに準備の一つもしないつもりか、と考えながら、三成は短く「何だ」と答えた。

「入ってもいいか?」
「好きにしろ」

 障子が開き、三成の部屋に家康が入ってきた。既に陣羽織を着用している家康の姿は、戦場で見るのとほぼ変わりない。違いといえば、まだ手甲が嵌められていないことぐらいだろうか。三成は家康を一瞥し、すぐに視線を外した。そして、佩楯の留め金に指をかける。

「何用だ、家康」
「ちょっと、三成の顔が見たくてな」

 家康の言葉に三成は反射的に手を止め、家康の方を睨みつけた。一体貴様は何を言っている、と言わんばかりに表情を怪訝に顰めた三成に家康が笑い掛けると、三成は眉間に皺を寄せた。

「……出陣前に馬鹿げた事を言うな」
「馬鹿げたことでもないと思うんだがなあ」

 家康がそう言うと、三成は「馬鹿馬鹿しい」と呆れたように息を吐き、左の佩楯を留めた。
 その様を見ながら、家康は苦笑しながら続ける。

「三成が行くのは北だが、ワシは南だ。しばらくは会えんだろう」
「だからどうした」

 三成の手が、もう一つの佩楯に触れた。その手にはまだ手甲が嵌められておらず、武人らしいがしろい手が諸籠手から覗いていた。
 戦中でもなければその手指は隠されずいつも晒されているのに、どうしてか、家康は常の三成の手よりも今のその三成の手の方がよっぽど目を引くと思った。

「家康」

 三成の声が、家康を呼ぶ。

「な、なんだ三成」
「何故立ったままで居る。座ればいいだろう」
「あ、ああ……そうだな」

 三成に言われ、家康は畳の上に座した。
 それを横目で見遣りながら、三成は自身の右の足の膝を立てた。微かな金属の音を立てながら、三成は佩楯を右の腿に宛てがう。そして、三成は自身の手を腿の裏に回し、しばらく指を動かしていたかと思うと、すっと腿から手を離した。
 家康は、その光景に魅入られたかのように、息を潜めて三成を見つめていた。
 留め金に締められてただでさえ細身の三成の腿がきゅっと締められているのに気付いた時、確かに家康の喉は何かを欲するように戦慄いていた。

「……家康? 何を黙ってる」

 不審げに家康の顔を窺う三成に、家康は誤魔化すように苦笑を浮かべ、首を振った。

「出陣前の三成との時間を噛み締めていただけだ、三成」
「……気味の悪いことを言うな」

 三成は再び眉間に皺を寄せて息を吐いて、置いていた臑当を手に持った。それを臑に宛てがいながら、三成は口を開いた。

「秀吉様も貴様の働きには期待している。ゆめその期待を裏切るな」
「……ああ、わかってるとも」

 三成は、家康の返答に満足したように頷くと、臑当を留める紐に指をかけ、指先でそれを弄んだ。
 黒い臑当と佩楯、藤色の留め紐。――それに触れる、三成の白い指。
 その光景に、家康は俄に息を飲む。まるで不可侵の存在だ、そう思いながらも三成という存在を欲している自身に、流石の家康も気付き始めていた。



write:2010/10/10
up:2010/10/11
この時の三成の姿は胴も草摺もつけてないです。着けてるのは籠手と佩楯くらいかな。袖と手甲もまだ。
豊臣傘下時代というよりは、アニバサ弐期を想定して書いた。
ので、この後に待ってるのが別離なのかそうじゃないのか、それはまだわからないのです。
ちなみにこの作品は、「佩楯で締められて細くなった三成の腿最高!」と「三成の小具足姿見たい!」、
そんな二つのリビドーの結晶体です。家康場所代われ、と思いながら書いたギギギ。