あつい指先、つめたい手
まるで拒絶のようだと思った


 流石に日が落ちると一気に冷えるか。吐いた息が闇に白く浮かぶのを見、三成はぼうと考えた。
 手甲の中の指先が微かに冷えている。
 雪が降り出すにはまだ早いだろうが、冬になれば進軍も自由に出来なくなるだろうし、城攻めなど満足には出来なくなる。此度の戦も即座に終わらせ、勝利を早々に秀吉様に献上しなければ――。
 刀を顔の高さまで持ち上げ、三成は僅か息を吐く。その息は薄ら夜霧のように浮かび、そして、ふわりと掻き消える。
 そのまま山の中腹を見上げると、敵陣の夜営の火から煙がのぼっているのが見えた。
 先ほど三成が斥候から受けた報告によれば、大して大きな軍勢でもないらしい。ならば然程時間は掛からないだろうと算段をつけ、三成は兵士たちに明日の指示を出していく。

 夜はとっぷりと更け、見張りの兵士以外の兵たちは明日の為に目を瞑り身を休めている。しかし三成は身を休めることもやぶさかに、野営地を後にした。避難させたがゆえに人がいない村は、まるで廃村のようにも見え、どこか空虚すら湛えていた。
 一人歩く三成の姿を、月明かりが仄明るく照らしている。闇に、三成の薄い影が伸びていた。

「三成」

 静寂を破るように、声が響いた。三成は半ば反射で臨戦態勢となり、刀の鞘に右手をかけ鯉口を切った。三成から殺気じみた気配が溢れ出た。

「三成、違う! ワシだ」

 それに慌てたのは、三成を呼んだ当人である。慌てたように声をあげ、三成に自分の存在を訴えながら彼の近くに駆け寄った。
 その存在を見止め、三成は眉間に皺を寄せた。殺意が霧散する。

「……家康。何故休んでいない」
「それはワシの台詞だと思うがなあ」

 家康は三成に歩み寄り、三成の顔を覗き込む。二人は暫く視線を合わせていたが、三成が居心地悪そうについと視線を逸らせば、家康はそれにつられるように苦笑した。

「三成」

 困ったような声色で三成の名を呼び、家康は三成の頬に触れた。冷え切って冷たくなっている。

「冷たくなっているぞ」
「別に問題は無い」

 三成が口を動かせば、その振動が家康の手にも伝わる。家康はそのまま、三成の頬を両方のてのひらで包み込んだ。三成が戸惑ったように視線を動かす。

「な――何の真似だ、家康」

 三成の目尻が微かに赤くなったのが、月の僅かな光源でも見える。その色を親指でなぞり、家康は笑いかけた。

「冷たいから暖めてやろうと思ってな」
「い、要らん、離せ!」

 慌てたように三成は家康の手を払おうとした。仕方ない、と少し寂しげに笑いながら、家康は三成の頬から手を離す。三成はじっと家康を見ていたかと思うと、不意に、「貴様の手はみどりごの手だな」と呟いた。

「三成、ワシはもうとっくの昔に元服は済ましている。さすがに子供扱いはやめてくれ」
「体温が高いのは子供の証左だろう」

 くつくつと三成が笑う。家康は、気恥ずかしさを誤魔化すように「三成は元服前から手が冷たかっただろう」と言いながら、三成の右手を掴んだ。

「どうした、家康」

 まだ三成は笑っている。
 家康は、三成の手を自分の唇まで近づけて、彼の手の甲に、手甲越しに口付けた。家康の唇は熱いくらいなのに、触れた三成の手は手甲に包まれていてまるで氷のように冷たい。先ほど触れた頬とは違って、鼓動も息も感じられない。
 そのひやりとした冷たさに、どうしてか、家康は無性に泣きたくなった。何かの断絶のようにすら、感じられた。

「……どうした、家康」

 先ほどと同じ言葉が、けれど先ほどとは違って気遣わしげに響く。
 その声に家康は、なおのこと何もいえなくなって、もう一度、しずかに口付けを落とすことしかできなかった。



write:2010/10/20
up:2010/10/21
家三でちゅっちゅしろよ! と思いながら書いたのに、どうして妙にシリアスになるのん……?
せめて手甲脱がすんだった。多分手甲脱がしてれば少しはシリアスじゃなくな……いややっぱ無理か。
私の中の家三は、傘下時代は無自覚両片想い、どちらかの赤ルートを経て(つまり好きな人を殺して)、
そんで、転生してやっと想いを重ね合うというルートがどこか脳内で出来上がっているみたいだ……。
今度プロット組んでみようかなー……