手向けの銀貨は四枚
内二枚は我が瞼へ。一生お傍に、死後すらも


「……こじゅ、ろ」

 政宗様がそう仰られると、ごぽりと嫌な音がした。己の顔面から、血の気が失せるのがわかった。

「政宗様! 喋られるな、喋ってはなりませぬ!」
「別に構いはしねーよ。どうせ出血多量あたりで死ぬんだろうし」

 いつもと変わらない、軽薄な口振りではあった。けれど、目の前でごほ、と咳き込んだ政宗様は、いつもと全く違う姿であった。
 いつもなんかより、格段に弱く、そう、今にも消え失せそうで、それは酷く酷く小さく見えた。

「――っ! 言って良いことと悪いことがあります!」
「……Sorry. わかってる、さわぐな。ただでさえ耳鳴りしてんだ」

 言いたい言葉を全て無理矢理に飲み込んで、ただただ、政宗様の腹部の傷に白布を押し付ける。じわじわと赤に侵蝕されていく白色が、目に痛かった。
 止まれ、止まれ止まれ止まれ。これ以上流れるな。止まって、くれ。

「Ha……」
「……溜息など、出している場合ではありませぬぞ」
「仕方ねえだろ。出るもんは止められねぇよ」

 白布が、真っ赤に染まる。自分の指の間から、じわりと赤が染み出した白かったはずの布にはそのときの姿は欠片もなく全面が朱色に染まりきっていて、自分の指までも同じ色に侵蝕されていた。
 絶望にも似た想い、むしろ、絶望よりも濃く暗翳とした気持ちを抱く。
 ああ、何と言うことだ。政宗様が逝ってしまう、政宗様が。我が君主が、己が主人が、一生仕えると誓った、あの方が。想像だけでぞっとした。地盤が、揺らぐ。拉げて、割れそうだ。

「……なあ、小十郎」

 絶望に染まりそうな思考を、政宗様の声が、引き止めて引き揚げる。

「な、んでしょうか?」
「こじゅうろうの、かお見ていくなんて、乙だよなぁ」
「な、何を申されるか! そのようなこと――」
「I love you. ……すき、だぜ」

 政宗様の指が頬に触れた。もう冷たくなりかけの指先で、赤い点を描きながら――

「政宗さ、」

 名前を呼ぼうと、慌てて声をあげる。

「thank you. 今まで、ありがと、な――」

 頬に触れていた、冷たくなってしまった指先が滑り落ちていく。紅い線が、縦に描かれた。

「政宗様!? 政宗、様――!?」

 触れた体は、かすかなぬくもりだけ残っていて、政宗様の存在はぽっかりと消えていった。
 世界が、急に、暗くなる。もう届かない。声も、温かさも、何もかも。そして、貴方様の声は、もう、聞くことができない。





write:2007/02/27
up:2007/02/28
死んだ人の瞼には銀貨を。忘れると三途の川が渡れない。
つまりは、こじゅが後追い自殺をする話です。そこまでは書いてないけど。
ああ不完全燃焼。誰に殺されたのかとか何も書いてない……けど、
何か卑怯な手で殺されかけたんだと思います。
多少鬱になる話でした、すみません。