その白い世界が箱庭なら
きっと俺は箱庭を打ち壊す


 雪が積もった自身の城の庭を見下ろして、政宗は小さく煙を吐いた。薄らぼんやりとした息が、空気に霧散する。煙管からも細く煙が伸びている。
 奥州の冬は寒い。――冬は元々寒いものではあるが。羽織の下の腕が寒いのか、政宗はそっと腕を擦った。
 冬の朝特有の、しずかで謐かな空気に、煙草の煙がかすれて融けこんでゆく。朝日を柔らかく反射させる雪。意識を閉ざし、眠る草。

「政宗様。寒くはありませぬか。今火鉢に――」
「No problem. 大丈夫だ」

 彼の懐刀である小十郎は、少しだけ眉を顰め(おそらく、政宗を心配しているのだ)て、政宗の傍らに近寄る。これ見よがしな溜め息をするのも忘れないのが、いかにも小十郎らしい。
 しかし、政宗はそれに然したる反応も示さず、煙管に口をつけた。精巧な細工の施された、高価そうな代物。ふわりと浮かぶ薄煙は、朝の空気に押されて掻き消える。

「小十郎」
「はい、何でしょうか。政宗様」

 小十郎は仰々しく政宗を窺ったが、政宗の目が外を見ていたので、それに倣う。冷たい空気は肌寒くもあったが、その逆に、心をびしと整えてくれるような感覚もした。
 色のない、真っ白な雪は広がり、草木や岩を覆い隠した。荒れないように、手入れを欠かさないよう言いつけてある庭は、すっぽりと白に覆われる。

「今年は、どれだけ降るだろうな」
「そうですね――あまり、多くなければ良いのですが」

 少しの雪ならば、綺麗な景色の材料になり得るが、あまりに多すぎる雪は災害の種になる。それは雪崩であったり、重さで家屋の屋根を押しつぶす原因だったり、色々あるのだ。
 それに、あまりの大雪は、外部との情報がほぼ遮断されるといっても過言ではない。もしそうなると、来年――むしろ、次の春以降の政やら何やらで不利になる。

「――奥州は、狭ぇからな」

 言葉は、空気に融け込む。ほどけるように、融解する。その言葉は、静かに、ゆっくりと響いた。その声は強い声色だったけれど、白い銀世界に見合う声のようだった。

「こんな狭い世界は、俺には役不足だ。そうだろ、小十郎」
「……ええ。勿論です、政宗様」

 くゆる煙管の煙が、天へとのぼる。白い雪に反射する細い朝日が、それを照らしていた。





write:2007/03/09
up:2007/03/10
奥州では覇者だけど、日本全体で見ると一人の大名でしかないってお話。
いつもとは違う雰囲気で書いてみたかったのです。
動作描写より心理描写、それよりも風景描写を優先させたかった。
雰囲気を、汲んでいただければ。