アスフォデリンの証明
お前を傷つけて良いのは俺だけだ


 かん、と音を立てて、煙管の灰が落とされる。一日三回、毎日繰り返す、政宗の日課。彼は薬として(楽しんでいる面があることにはあるのだが)、喫煙を嗜んでいる。
 脇息に寄り掛かっていた政宗の腕が、やんわりと小十郎へと伸びる。小十郎はその手に導かれるように、そっと政宗へ近付いた。

「小十郎」

 政宗の指先が、小十郎の頬にある傷をゆっくりと辿った。つっぱった肌を、傷を、優しく愛でるようにして、政宗は頬を手で包む。
 大切な玩具を愛玩する、幼児のように。

「この傷を付けたのは――何所の誰だ?」
「記憶には残らぬ、敵軍の誰かでしょう。もう死しているに違いありませぬ」

 冷淡に告げる小十郎に、政宗は眉を顰めた。傷をなぞっていた指先が、一瞬だけぴたりと止まる。ぱちりとまばたきをする小十郎の顔を、政宗の底意地の悪そうな顔が覗き込んだ。

「じゃあ俺が黄泉に行った時には、そいつをもっと下に堕としてやらねぇとな」
「……政宗様?」

 窺うような声をあげた小十郎に対し、政宗は首を横に振ることで、返事をした。小十郎は仕方ないと言わんばかりに口を噤み、政宗の好きにさせる。何時も、結局はそうなのだ。政宗の身に危険が及ぶような場合ではない限り、小十郎は政宗に逆らうことなどない。

「俺のモノを傷つけたんだ――これぐらいじゃ甘いぐらいだ」

 ちゅ、と。小十郎の頬の傷へ、政宗は口付けた。ゆっくりと、頬の傷を辿るように口付ける。からん、と、音を立てて煙管が畳へ落ちていった。熱を孕んだ政宗の唇が傷から離れていく。頬の傷の熱が風に晒されて、少し淋しいと小十郎が密かに思った瞬間、唇にその熱。

「さあ、Partyしようぜ?」
「……政宗、さま」

 焚き付けられたように、小十郎は、政宗の肩を軽く押して、それはもう、優しく優しく身体を押し倒す。にぃ、と唇で弧を描いて、政宗はひどく妖艶に笑う。

「お前は俺のものだ、小十郎。俺のために死に、俺のために生きろ」
「勿論です、政宗様。この御身果てるまで、貴方に従い尽くしましょう」

 小十郎の唇が政宗の呼吸を奪う。その口付けは、どこか臣下が王の手の甲にする口付けにも、似ていた。





write:2007/03/19
up:2007/03/20
絶対君主でS寄りな政宗様と、下僕で精神的Mが入った小十郎のお話。
身も蓋もない! のですが、コンセプトはこれでした……。
サドマゾヒズムの欠片も表に出てない小説ですが、汲んで頂ければ。
私は幸いです。それなりにモチーフ散らしたつもりなんですが。
最近、政宗+煙管がマイブームかもしれないです……