吾が身差し出すエリンギウム
(最後。最期)


「……俺は、無様だな」

 忌々しげに、政宗は吐き棄てた。小十郎は何も言わず……何も言えずに、ただ政宗の吐き出す言葉に耳を欹てるだけだった。政宗は胡座をかいて、蒲団へ身を横たえている小十郎を見下ろしていた。

「お前をこんな風にしちまうなんて――俺は、無様だ」
「……いえ。政宗様は悪うございませぬ。私が至らなかっただけのこと」

 小十郎はゆっくりと身体を起こして、政宗を鋭い眼光で射抜いた。しかし、政宗も動じることなく、その目に真っ向から対抗する。
 政宗は息を吐いて、小十郎の左肩に出来た傷を着物の上からなぞった。小十郎は、微かに眉を顰める。

「これは、俺の責任だ」

 ――そして、俺の背負うべき、所業。
 政宗は小十郎の頬の傷にも指を滑らせる。彼の目は、悲痛そうに歪んでいた。己がものに傷をつけてしまった悔やみ、後悔。政宗の胸に、ひとつひとつ去来するもの。
 小十郎はやはり政宗から視線を逸らすことなく、ゆっくりと言葉を放つ。

「お言葉ですが、政宗様。私はこの傷を、とても誇らしゅう思っております」
「……Ah?」

 不思議そうな、きょとりとした視線で政宗が問うた。小十郎は「こういった表情は幼き頃――梵天丸様を名乗っていた頃と相違ない」と常々思っている、が、今まで一度も言ったことはない。言えば、政宗の機嫌を損ねてしまうなんてことは、目に見えていた。

「政宗様をお護りしてついた傷です。恥じることなど、何所にあるでしょう」

 小十郎は政宗を庇い受けた、肩口の傷に手を乗せた。そして小さく「この傷も同じこと」と呟いた。
 目を伏せ、肩に手を当てる小十郎のその姿は、政宗に永久に傅くのだ、と。死すまで小十郎の身は政宗だけのためにあるのだ、と、言外に政宗に伝えていた。

「小十郎……お前は酔狂なヤツだ、な」
「何とでも仰ってくだされ」

 ほっとしたような、安心したような、けれどどこか悲しげとも言いがたい感情の混ざった息が、政宗からこぼれる。小十郎は苦笑した。政宗のその複雑な表情も、政宗が幼かった頃に、何度か見ていたものだったのだ。
 政宗の手が、小十郎の首の後ろへ回る。頚椎の辺りを触れ、政宗は告げた。

「ならば、最後まで。――俺の最期まで、俺の右目でいろ」

 政宗の言葉に、小十郎は無言を以って、肯定を示していた。





write:2007/04/02
up:2007/04/03
喩え何があっても傅く部下と、怪我をさせてしまったことを悔やむ人の話。
私が書くと、伊達が弱気になったりと色々ある……。
好きだけど仕えるべき相手だと自分を必死になって抑えるこじゅと、
強気でいけいけどんどんな受けの政宗の話とか、書いてみたいなぁ。