穴熊のみる夢
明るい過去への望郷か、はたまた。


 官兵衛が目を開くと、そこは薄暗い寝床であった。それまで目前に広がっていた光景との落差に、官兵衛の脳は一瞬混乱しかけたが、それはすぐに収まった。
 ――ここは石垣原。官兵衛の天下への野望を気取りそれ危険視した三成が、官兵衛を追いやった南の地である。

「……小生は、夢を見ていたのか」

 官兵衛はゆるり溜息を吐いた。
 夢の中で官兵衛が見たのは、懐かしい光景だった。
 三成がまだ佐吉と名乗っていた頃のこと。官兵衛の半分ほどしかない背丈で官兵衛を見上げ、盆に載せた茶を差し出す姿。

『官兵衛さま』

 声変わりも来ていない、けれど子供の割には落ち着いた声が官兵衛の名を呼ぶ。頭を撫でれば、秀吉にされた時ほどとは言わないが、嬉しそうに目を細めていた。
 さらり。無骨な指に触れる細い銀糸の感触は、今でも克明に思い出せた。

 ……それが、今はどうだ。

 官兵衛の両腕に枷を嵌め自由を奪ったのは三成だし、官兵衛を穴蔵に押し込んだのも三成だ。幸せそうに「官兵衛さま」と呼んでいた呼び名すら、「官兵衛」と嫌悪すら滲ませて吐き棄てられるようになった。

「何を間違ったんじゃろうなぁ……」

 頭を掻き毟ろうと腕を上げるが、じゃらりと音を響かせる鎖が、官兵衛の動きを戒める。その鎖と、鎖の先に繋がれた錘の原因は三成なのだと思うと、官兵衛は無性に遣る瀬無い気持ちになった。
 枷が嵌められた手首が、じとりと熱い。この熱さで目が覚めたのかもしれない、と官兵衛は算段する。どうしてあんな夢を見たかは、到底わからなかったが。
 冷やしたくとも、枷が外せるはずもない。きっと枷の下は汗で塗れているのだろう。いや、枷の下だけではなく全身が汗に濡れている。
 しかし己のみでは全身を満足に洗うことも能わず、暗い穴蔵から出ることも叶わない。大阪での暮らしとはうってかわって、宛ら畜生のように生きている。
 何度三成に吠え面をかかせ、同じ目にあわせてやろうと考えたか、もう官兵衛は覚えていない。自身が天下を統べた後は、自分がされたのと同じように三成に枷を与え穴蔵に放り込んでやろうと何度思い描いたか、わからない。
 つい先日、三成が家康にに裏切られたと聞いたときなどは、「ざまあ見やがれ」と思ったほどだ。
 しかし官兵衛は、今でも時折夢で見るのだ。半兵衛とともに秀吉に仕えていた頃のことを。
 ――自分を素直に慕っていた頃の、三成の姿を。

「……どうして変わっちまったのかね」

 官兵衛が囁くように呟いて、自身の体を横たえた。寝直すために姿勢を変え、髪に隠れて覗かない目をそっと閉じる。
 眠る前に官兵衛が想像するのは、常ならば三成に吠え面をかかせる絵のはずだった。けれど、過去の夢を見た後の官兵衛には、それが上手く思い描けなくなる。
 今の官兵衛が思い浮かべることができたのは、裏切りに傷つき落ち込んだ三成を慰めてやる自分の姿だけだった。



write&up:2010/10/10
お兄ちゃん気質なクロカンの、黒田→石田 なおはなし。
ちなみにこの作品、初期タイトルは「穴熊は君子殉凶の夢を見るか」だったりする。
いやうん、ひどいパロディすぎる自覚はあるからそのまま使わなかったのよ。わかってる、わかってるから!
ちなみにパロ元は見たことないです 最低すぎる……。
クロカンと佐吉の関係の妄想炸裂、爆裂パンチな作品でした。お粗末さまです。