その緋に巣食う
それは、欲


 元就は茶を飲みながら、先の戦のことを思い出していた。
 ――前線に出、闇を纏うて刀を振るう三成を遠目に見遣る。「総大将の癖に前線に出るとは」と思うていたが、斬り捨てた敵将の血水を浴び、刀に付着した赤を煩わしそうに振り落とすその姿に、元就は思わずほうと息を吐いたのだった。
 その景色を思い出すと、いつだったか大谷が三成を称して言っていた言葉が過ぎった。
 あれには鬼灯色の化粧が似合う、と。
 その大谷の言葉に、元就が「酔狂な奴だ」と返したのは、何時のことだったろうか。もう元就は、それを思い出すことができなくなっていた。思い出そうにも、過去に靄がかっている錯覚すら憶えた。
 今となっては、元就自身すら、その化粧を施された三成に魅入られてしまったかのようだった。

「……くだらん」

 振り払うように吐き捨てたが、闇を纏い血を浴びる三成の姿は、元就の脳裏に張り付いて離れなかった。
 ぐちゃぐちゃな感情のまま、しかし表情だけは繕って元就は茶を啜る。
 元就の目の前には日の本の地図が広げられ、地図を挟んで向かい側には大谷が座っていた。

「やれ、どうした毛利」

 元就の小さな呟きを聞きとめ、大谷が可笑しそうに尋ねる。元就はこいつがいたのだった、と言わんばかりに小さく舌打ちをした。

「なんでもないわ、気にするでない」
「そう言われてもな毛利よ、われは耳聡くてなァ」

 恐らく舌打ちまで聞こえていたのだろう、咽喉の奥を転がすように笑う大谷に、元就は心中で大きく舌打ちした。しかしそれすら見抜いているかのように、大谷は呵々と笑った。
 気を抜きすぎただろうか、元就は一人ごちる。今のは自分の失策であった、と思いながら元就は口を噤んだ。
 茶を啜りながら、地図の上に置いた駒を一つ二つ箱に落とす。地図の上には大谷と話した謀略が広がっていたが、もうその図は元就と大谷の脳裏に正確に描かれている。もうそのままにしておく必要はない。

「刑部」

 不意に、部屋の外から声が掛かる。――元就の心臓が、ゆっくりと、しずかに、大きく鳴る。けれど表面上は冷たく怜悧な顔を崩さない。

「入れ、入れ。何かあったか、三成」

 大谷の言葉に随うように、三成が部屋へと入る。三成は元就を一瞥したが、すぐに興味を失ったように大谷の方に視線を向けた。
 鋭い眼光と目が合った一瞬、元就の耳にじりじりと何かが焦げる音がした気がした。
 元就は三成をちらりと目の端で見た。戦中に見られる当世具足姿ではない袴姿であった。血の浴びようのない姿のはずなのに、一瞬だけ紅を纏うた姿が元就の脳裡にちらりと過ぎる。

 ――ああ、確かに。石田には、鬼灯の化粧が似合う。凄絶な紅が。

 三成のほそい背から、目が離せない。元就の咽喉が、ゆっくりと上下する。
 食欲にも似た情欲が、元就の根元の奥深くに巣食っていた。



write&up:2010/09/30
想いを自覚する元就様のお話……って書くと随分微笑ましいね。実質は全然微笑ましくないけど。
正しく書くと、「三成に欲情している自分を自覚する元就様のお話」です。書き方で大分印象変わるw
一応「破裂した風船」の過去をイメージして書いたけど、別に独立してでも読める内容です。
続編も書きたいけど、18禁はサクサク書けなくてなあ……。うん、もっと精進します。
え? 3の毛利っぽくない? ……それは仕様なの、仕様なんです。