秘めても膝詰め
言いたい言えない知りたい知らない


「毛利」

 執務のために文机に向かっていた元就は、三成の声にそろりと筆を止めた。そのまま元就が顔を上げると、障子の向こうで三成が佇んでいる影が見える。
 何故、と考えるよりも先に、微かに胸が躍るのを元就は感じていた。表面上は常と変わらぬ表情を繕いながら元就は筆を置き、部屋の外にいる三成に声をかけた。

「入れよ、石田」
「失礼する」

 す、と静かに障子が開く。そして、元就が口を開くよりも先に、三成は畳に腰を下ろした。元就としても特に何か言うつもりだったわけではないようで、然して気にした様子も無く三成の座した方へと向き直った。

「貴様が我のところに来るなど、珍しいことがあるものよ」

 元就が言うと、三成は「そうだろうか」と全く感情の篭らない声で返した。
 その三成の言葉に、自分の行動を振り返ってみよ、と元就は心中で毒づくが、しかしそれを口に出すことはせずに、湯呑に残っていた茶を一気に煽った。執務を始める前に淹れた茶は冷め切っていて、渋味が一層強くなっている。
 元就は眉間に皺を寄せながら、空の湯呑を卓に置く。

「まあいい。どうした、石田」
「……何がだ、毛利」
「何度も言わせるでない。貴様が我のところに来るなど珍しい、と言っただろう。それなりの理由があるのではないのか」

 元就がそう言うと、いつもならば鋭く吊り上げられている三成の目が、まるで童のようにまばたいた。
 まさかそこでそんな反応が返ってくるとも思っていなかった元就も、表面上はいつも通り詭計を巡らせる智将らしい面を保っていたが、内面では混乱を極めていた。大谷にならまだしも、まさか三成が元就に対しこんな表情をするなど、想像に難かったのである。

「何故だ?」
「……今、何と?」

 暫しの沈黙の後、三成はぽつりと呟くように言った。三成の返答は想定していたものとは大分異なり、元就は反射的に聞き返していた。

「理由に思い辺りがない。何故私はここに来たのだ、毛利」

 元就の目をまっすぐに見て、三成は尋ねた。琥珀色をした瞳が、元就をじいと見つめる。剣呑さや憎悪といった負を何も感じさせない色。

「わ……我に訊くでないわ」

 三成の視線から逃れるように、元就は視線を逸らした。彼自身は、己の目尻が微かに熱くなっているのを嫌でも自覚していたが、三成はその微かな赤らみには気付かない。
 しかし、三成が「そうか、」と呟くように言った声に微かな寂寥感が篭っていることに、元就は気付いていた。その声色に微かな期待を憶えてしまうあさましい自身を自覚しながらも、元就がちらりと横目で三成の方を窺うと、三成はちょうど立ち上がろうとしているところであった。

「……何をしている」
「室に戻る。……失礼した」

 元就が問うと、三成は静かにそう返した。立ち上がりかけて中腰になった三成の左腕を、元就は反射的に掴んでいた。

「ここに居れ」

 ぐい、と腕を引く。立ち上がりかけという何とも不安定な姿勢で腕を引かれた三成は、一瞬ぐらりと姿勢を崩しかけたが、蹈鞴を踏んでそれを堪えた。
 三成が何かを言おうと口を開くが、それよりも先に元就が言葉を投げる。

「ここに居れ、と言っている」

 元就の言うまま、三成はすとんとその場に腰を下ろした。二人は先ほどよりも少しだけ近くなった距離で、けれど何も言わずに向かい合っていた。
 障子の向こうで小姓か女中の足音がする。けれど、元就の執務室には音が無く、二人はただただ、黙って互いの顔を見つめていた。
 触れるのは、元就の手と、掴まれた三成の左腕。


「これはコレハ珍しい組み合わせよな。毛利、三成。何を二人で向かい合って黙っておる」

 暫しして、元就の部屋にやって来た大谷の言葉に慌てたのは、はてさてどちらか、どちらもなのか。



write&up:2010/10/07
自覚ありな元就様と自覚なしな三成で両片想いなナリナリ良いじゃないですかー! と思って。
うん、それだけなんだ。すまないね。この小説はサービスだから(ry
何度でも言うが、3の元就様っぽくないのは仕様なの。仕様なんだったら!!