いつもと違う日課
照らし晴れてもまだ見えない
元就が、薄く眼を開いた。短い息を吐きながら、元就は体を起こした。室内はまだ薄暗く、まだ夜明けがきていないことを示している。元就は夜着から抜け出し、手早く身支度を整えた。 日輪の申し子と自らを称する元就は、夜明け前に目を醒まし、日の出を拝するのが日課となっている。今日も日の出に間に合うか、と元就は安堵の息を吐いた。 寝間着から袴姿となった元就は、襟をなぞり、足早に部屋を後にした。 まだ辺りは、深い闇に包まれている。夜明け前特有の暗さだった。 ――東の方角に面した庭に降り、元就は静かに天を仰いだ。静かに天を仰ぐと、朝の身が締まるような風に元就の髪が靡かれた。 そのまま暫く待っていると、東の地平線がにじむように明るくなっていく。 その明るさに、元就はほうと恍惚の息を吐く。その息は、靄のようになって、ふっと空気に溶けて消えた。待てば宵の色に包まれた庭は、ゆっくりと明るく染められていく。空では、朝日が徐々に姿をあらわし、庭の向こうに広がる景色にかかる靄を照らし出していた。 昇り行く日をじっと見つめる元就の瞳は、常に元就がまとう氷の面にそぐわぬほどの熱意を宿している。元就の顔は朝日に照らされ、睫毛の影ができていた。 「――日輪よ」 昇り行く日輪を仰ぎながら、元就が祝詞を告げるように囁いた。元就の一日は、このように日輪を拝することから始まるのだ。それは例え、戦中だったとしても変わらない。 ――ぎしり。 物音を聞きとめ、元就は緩々と天に向かって伸ばしていた手を下ろし、振り返った。 元就が振り返った先には、縁側に立っている三成が庭を無表情に見下ろし佇んでいた。 「石田」 「……毛利か?」 もう起きていたのか、と三成は独り言のようなことを呟いて、庭におりた。しゃり、と霜柱の崩れる音が小さく響く。何故下りてくるのだ、と元就は僅か眉を顰めるが、三成は元就の表情の機微には気付いた様子も無い。 さくさくと音を鳴らしながら、三成は元就の近くに寄る。そして、元就の横に立った三成は、まっすぐに庭の向こうを見た。 しかし三成には取り立てて庭に降りてまで見るようなものはないと思えるようで、元就の方を向き直って問うた。 「何があるのだ」 解せぬ、と言うような表情で、三成は言う。憮然とした表情で三成を見ていた元就は、三成から視線を外し、ふたたび日輪を見上げた。 「日輪ぞ」 「日輪?」 「我の日課よ。……貴様が気に留めるようなものではない」 三成は、元就がそうするのに倣ったように、日を見上げた。 日課、と呟く三成の言葉は、今まで元就が聞いたことがない、おさない声色をしていた。 元就は心中ぎょっとしながら、三成の顔を窺った。その眼光は元就がいつも見かける三成のものと変わらない。朝日に照らされた肌が透けるように白いのも常と変わらないし、体の薄さも変わっていない。違ったのは、先ほどの呟きの持つ響きだけであった。 憎悪の俘囚だと思うていたが――一筋縄ではいかぬのか。考えながら、元就は三成から視線を逸らし、日輪を見上げた。 薄らかかっていた朝靄は、気付けば晴れていた。 write:2010/10/15 up:2010/10/16 |