燐光が照らす
ともされた灯


 勿体の無い男だ、というのが、元就の三成に対する評価であった。
 元就は秀吉が存命だった頃の三成を直接見たことはなかったが、彼の在り方を見れば、少なくとも三成は人の上に立つ人間ではなく、誰かに仕えてこそ輝く人材であるのはすぐにわかった。
 そして、徳川という仇に固執さえしなければ、使い捨てるには惜しい人材足りうるのかもしれない。その盲目を醒ませば自身の駒にするのもありやも知れぬな。
 ――と、そこまで考え、元就はありもしない空想だ、とすぐに思考を取り止めた。どうせ考えたところで、三成が元就に随うなどありえないだろうし、何より、三成を従わせるためには膨大な手間暇が掛かることなど容易に想像がついた。
 生半可な策では不審を抱くだけであろう、と息を吐きながら、元就は手慰みに湯呑をなぞる。

「全く三成には困ったものよ。悪く思うな、毛利」

 その元就の吐いた息を何か別の溜息と勘違いしたのか、大谷は目の前にひろげられた軍法書を手繰りながら言った。思い違えているなら勘違いさせておけば良い、とばかりに、元就はそのまま何も言わずに緑茶を啜った。冷めかけていて、然して美味くもない。

「別に構わん」

 元就は湯飲みを置きながら、静かに返した。
 がらりとして、私物の少ない部屋には大谷と元就しかいない。軍議を行うからと小姓に三成を呼びに行かせたのは良いが、その小姓は三成を伴わずに戻ってきたのだ。代わりに、「軍略は大谷様に任せると、仰っておりました」という三成からの言付を伴っていたのだが。
 総大将のいない軍議というのもどうか、と、元就はぼんやりと一人ごちる。もしかすれば、あの男には自身が大将たる自覚がないのかもしれない。そう考えれば、三成の不摂生も元就としては納得がいった。まだどこか、豊臣の死を受け入れられておらず、敬い盲信していた存在がまだ自身の上に立っていると信じたいのかもしれない。
 ――ああ、やはり惜しい男だ。脳裡に三成のほそい立ち姿を思い描きながら、元就は思う。この戦乱の世において、絶対などは存在し得ない。人々を統べる立場にいる人間の命となれば尚更である。
 割り切れぬなんて、如何におろかしいのだろう、と思う。
 しかしそれと同時に、家督を継いだときに捨てたはずの感情が、燐が自動発火するように、胸に燻ったのも事実であった。

「時に毛利」
「何だ」
「ぬしの目にはそう映っておるのか」

 大谷の言葉は、圧倒的に、言葉が足りなかった。常に甘言をもてあそび、嘘と実を並べたてる大谷にはそぐわぬ物言いであった。
 大谷の真意を読もうとしたのか、元就は探るような細めた目で大谷の目を見つめた。しかし大谷は、そのような元就の視線を気にした風はなく緑茶をすすっている。

「アレはただの不器用な男よ」

 大谷は元就の目を見ず、ゆったりとした口調で言う。

「誰かが世話を焼かねばそこいらで野垂れ死ぬであろ。今も昔も在り方は変わらぬ、器用とは無縁なイキモノよ」

 大谷の言葉で導き出せるのは、ただ一人の姿のみであった。元就は暫し大谷のほうを見ていたかと思うと、ついと視線を逸らした。

「この乱世でなおそうとは――憐れな男だ」

 静かな声色で言い、元就は残っていた茶を一息に飲み干した。
 元就に灯されたそれは確かにいびつではあったが、慈愛にも似た哀憐の情であった。




write:2010/10/22
up:2010/10/23
自動発火する白燐には毒性があります。
つまり、三成を見ていて哀憐がともされた元就様は、徐々に毒に犯されていくのです。
いつかきっと、自分が抱いた哀憐が毒の所為だって気づきます。
けれどその頃には、完全に元就の身体は、三成という毒を心底欲するようになってしまっていることでしょう。