羨望と独占欲
ぬしはわれのもの


 自身の膝の上にまるで死んだように眠る三成を見下ろしながら、大谷は微か息を吐いた。全く以って無茶をやりおる。口には出さず胸の中でつぶやいて、三成に羽織をかける。
 秀吉公が討たれてから、三成はまともな睡眠の摂り方をしない。一日の大半を軍議やら鍛錬やら政略に費やし、疲労が極限に達し身体が耐え切れなくなってから、倒れるように眠りに就く。ぷっつり、糸の切れた糸繰人形のように。

「……全く、無理をする」

 次は口に出して、大谷は呟いた。しかし、大谷の声にも反応を示さないほど、三成は深い眠りについていたようだった。
 大谷はもう一度溜め息を吐いた。
 ――温い茶を飲ませ、ほんの小さな落雁を言葉巧みに食べさせただけで寝入るとは、今日までどれだけ寝ていなかったことか。
 一瞬大谷は考え込んだが、しかし三成が寝付いた今となっては所詮些事であると思考を取り止めた。そして、眠る三成の髪に軽く触れる。三成から受ける印象とは裏腹に、その銀髪は柔らかい。さらさらと指先でその髪に触れて弄んでいると、大谷はぼんやりと過去の出来事を思い出した。
 大谷が思い出したのは、まだあの男――徳川家康が豊臣の傘下にいた頃の記憶だった。三成に触れたがる家康と、煩わしそうに、しかし嫌悪感は滲ませずにその手を退ける三成の姿。そして、それを日の当たらぬ部屋から見ていた大谷自身の姿。
 鬱屈した感情が胸の奥から湧き上がり、大谷はじりと奥歯を噛み締めた。
 大谷は確かにあの時、家康を羨んだのだ。三成の隣に平然と立ち、三成と話し三成を照らすあの太陽を、妬みすらしたのだ。

「ぬしの三成は死んだ」

 ここにはいない家康に向け、大谷は吐き捨てた。聞き手はいない、大谷はそれを知りつつなお唇が動くのを止められなかった。
 恐らく。あの男は、三成のことを好く思っていたのだろう。もしかすると今もそう思っているかもしれない。しかしあの男が大切に思っていた三成はもういないのだ。

「太閤と共にぬしが殺したのだ」

 そっと三成の目尻をなぞると、三成のまぶたが微かに動いた。しかし、三成が起きる様子はない。そのままさらりと髪を撫でる。

「ここにいるのは憎悪に囚われた凶王三成」

 優しく頬を辿り、項に触れる。三成をたどる大谷の指は、戦中に彼が宣う言葉とは裏腹に、慈愛に満ちていた。

「ぬしのものではない。――われのものよ」

 大谷の喉の奥から、笑いが漏れた。
 眠る三成は知らない。この手の持ち主にこんなにも執着されているという事実を。なにも、しらない。




write:2010/09/27
up:2010/09/28
「大谷さんに膝枕される三成って良いな」+「実は独占欲丸出しな大谷さんイイジャナイ」=これ
相変わらず脳内化学反応マジックって凄い。妙なことになる。困った困ったちょうたのしい。
しかしほのぼのにしようと思ってたのに家康絡めたら一気にシリアス風味漂っちゃったのは何故?
鬱ヶ原マジック? それとも私の所為?
あ、これ事後じゃないよ!? 事後じゃないって!!!!