夜な夜な手繰るは
Pity is akin to love
「刑部」 今日も三成は定刻どおりに大谷の部屋に訪れた。細い灯りに照らされて薄明るい部屋に、外の宵闇が差し込む。 少し、痩せただろうか。 微かな灯りに照らされる長身を見上げながら、大谷は考える。 「また来よったか三成」 大谷の言葉に首肯し、三成は大谷の正面に腰を下ろした。薄明かりに照らされた三成の顔色は、ぞっとするほど蒼白い。 「布替えぐらい己で出来ると言うておろうに」 三成はその言葉にも返事をせず、包帯を手にしていた。どうせ何を言おうとも、三成が毎夜大谷の布替えを手伝うことを譲ろうとはしないのだ。 大谷は解けかけの包帯が巻かれた右腕を三成に差し出した。三成はその大谷の腕に、まるで壊れ物でも扱うかのように優しく触れる。するすると、古い包帯が解かれていく。 大谷は右腕を三成に預けながら、じっと三成の顔を見つめた。 太閤が徳川に討たれてから、三成は碌な食事をしなければまともな睡眠もとろうとしない。その所為か、三成の目の下にはうっすらと隈が出来ていた。大谷の眉が微かに顰められる。 「三成」 「何だ、刑部」 返事をしながらも、三成の包帯を巻く手は休まらない。 丁寧な所作に関心しながらも、大谷は左手を三成の頬に手を宛がった。そっと三成の頬の輪郭をたどると、肉が痩けたのか頬骨が手にぶつかる。 「痩せたなァ」 「そのつもりは無い」 それは単に、三成には自身に対する興味がないが故に、自身の変化に気付けないだけで、大谷には三成が痩せたことは明白であった。大谷は三成の頬に宛がった左手の親指で、三成の眦をゆっくりとなぞる。 「寝てもおらぬな」 「寝るくらいならば家康の首を狩りに行く」 ――自分のことすら侭ならぬくせに、まこと不器用で憐れな男よ。 大谷が心の中で呟くが、三成は大谷の心中の言葉に気付くことなく、巻き終えた包帯を結んだ。 「刑部、右は終わった。左腕を寄越せ」 三成の言葉に、大谷は肩をすくめながら頬に触れた手を離す。そのまま三成の手の上に腕を乗せると、三成はやはり壊れ物を扱うような丁寧な手つきで包帯を解いていく。 一巻き、二巻き。 解かれた包帯が、畳にぱさりと落ちる。 「三成」 「何だ」 「ぬしとこうしていられるのは、いつまでだろうな」 大谷の言葉に、三成は怪訝そうに目を細めた。そのまま、三成はしばらく大谷の顔を見ながら黙っていたかが、ついと視線を落とし、包帯を巻く作業を再開した。 「刑部」 三成の言葉に、微かな感情の揺れが篭ったのを大谷は聞き逃さなかった。 「何度も言わせるな。死ぬ事は許さない」 三成が包帯を巻く手つきは、先ほどと全く変わらず丁寧だった。 「私を置いて、逝くな」 縋るような言葉。大谷の左腕に添えている手が、微かに震えていた。 ああ、この憐れな凶王は、棄て置かれることをそこまで恐れるか。病に冒され死が待つだけのわれにすら置いて逝かれるを厭うほど。この病まれた身であるわれに縋るか、三成。 しかし、そう哀れむ感情とは裏腹な想いは、大谷の心中にすでに鎮座していた。 「任せよ、三成」 右手で目尻をなぞり、幼子に言い含めるように大谷が言う。 その感情は、確かな執心であった。 write&up:2010/10/01
メインテーマは、サブタイとタイトルバーにある通り。あとは刑部の包帯を巻く治部良いじゃん? 精神。 多分、「Pity is akin to love」って言葉を知ってる人なら話の意図もすぐわかるんじゃないかなあ。 知らない人は……知らない人はどうだろう。私知ってる人だからちょっとわかんない。 「月が綺麗ですね」といいこれといい、漱石先生は本当に偉大な人ですね……。 |