悪食の末に孕む
如何物食いの凶王よ


「三成、もう三日食べてなかろ」

 大谷の言葉に、三成は瞠目した。三成はしばらく考え込むように黙ったが、思い当たる節は無いらしい。

「自覚はないが」
「有ろうが無かろうが何か食せ。徳川に刃が届く前に倒れやるぞ」

 その言葉に、三成は表情を歪めた。
 三成にとって、いまや徳川家康という名すら憎しみの対象であった。その名を呼ぶ時の三成の声色には、未だ嘗てないほどの怨嗟が篭る。

「三成、こちを向け」

 大谷に言われ、三成は座し直しゆらりと大谷の方に向き直った。大谷を見る三成の顔色は、常よりも一層青白い。病におかされたわれよりも酷い顔色だ、と大谷は溜息を吐く。よく見れば、目の下には隈が出来ていた。

「米は入るか。握り飯でも運ばせるが」

 或いは潮汁でも持たせるか、と大谷が尋ねると、三成は静かに首を横に振った。

「要らん。腹は減っていない」
「それが可笑しいというものよ」

 元より三成は欲に薄い性質であったが、空腹を感じないほどであったかと大谷は溜息を吐いた。秀吉が討たれる前ですら食事を抜くことが多く、睡眠もあまり摂らなかったというのに、討たれてからは一層それらが少なくなった。
 あの男はそこまで三成に影響を及ぼすか、と思うと、大谷は自身の腹の底に、汚泥にも似た怒りが息衝くのが感じられた。

「何か食いたいものはないのか、三成」
「特にない」

 元より食に必要性を感じたことはない、と三成は至極真面目な顔で言ってのけた。
 大谷は三成の顔をじっと見つめたままでいたが、見つめられていた三成が、ふと何かを思いついたように表情を変えた。

「刑部」

 そう言うた三成の唇が、凄絶に、妖美な笑みを形作り、その唇からは押し殺した笑い声が漏れいづる。

「私は、家康が食いたい」

 そろりと大谷の目が剣呑に細められるが、三成はそれに気付かない。
 闇の底から湧き出るような三成の笑い声は止まらない。凄艶な表情を浮かべる三成は、何かを手繰るように手を動かした。

「家康の皮を裂き肉を食み骨を噛み砕き臓腑を喰らうのだ」

 三成は緩々と自身の手を己の腹に宛がい、しろい指で帯をたどった。
 一瞬、その三成の指先から闇色が漂ったように大谷には見えたが、それは見間違いだったのだろうか。

「私の腹に入れてしまえば裏切りようもない」

 ――そうだろう、刑部。
 妖花じみた笑みを浮かべながら、三成が言う。その表情は、これまで三成と共に生活してきた大谷でさえ嘗て見たことのない表情であった。

「……あァ、そうであろ、三成」

 大谷の言葉に三成は満足げにわらい、再び腹を撫でた。
 三成を取り巻く闇の色が、一層昏く深くなっていた。




write:2010/10/05
up:2010/10/06
なんとなくヨエコの「いただきます」をエンドレスリピートしながら書いたらこんなことに……!
三成がこんなこと言い出したのは寝てない上にご飯食べてなくて脳に養分・酸素共々足りないからです。
初めからそう思ってるわけでは……多分ない……うん、多分……。
一応、この後、三成は大谷さんに言葉巧みに導かれお茶飲んで落雁食べて眠りに落ち、
そして「羨望と独占欲」に繋がる……というのを想定してます。まあ裏設定ぐらいのノリで。
BGM:「いただきます」song by 倉橋ヨエコ