花も嵐も踏み倒して
いくのだろう、ぬしは
がたがたと、風が雨戸を叩く音が響いている。雨がざんざんと降りしきる音も合わさって、屋敷の中が無音になってしまったかのように大谷には感じられた。 いつもなら聞こえる女中や小姓の足音も、不思議と全く聞こえない。いっそ皆不幸の星に見舞われいなくなったのかも知れぬ――大谷は己が浮かべた想像に、一人引き笑いを洩らした。しかしその笑い声は、ざあざあと降る雨音にかき消されてしまった。 すぐに、しんとした静けさが大谷の部屋を包む。 大谷は自身の膝の上に乗せた書の端をなぞり、口元を歪めた。歪めた唇からは、音も無く呪詛にも似た笑いが漏れいづる。 ぎし。廊下の軋む音に、大谷はゆるり視線を上げた。 大谷の聴力は、弱まりつつある視力を補うように発達している。今では、足音からわかる歩き方の緩急や歩みの速さといったことだけで、誰が部屋に近付いているのかを察するほどになっていた。 この足音は三成か、と算段し、大谷は膝に乗せていた兵法書を閉じた。閉じた書を、乱雑に積み上げた書の山の一番上に置くのとほぼ同時に、部屋の向こうから声が掛けられた。 「刑部」 抜き身の刀のような、通った声。三成の低い声は、いままでしんとしていた部屋の中にまるで鐘声のように響き渡る。 すっと障子が開くと、油に灯った灯がかすかに揺れた。 「どうした、三成」 大谷がゆらり手招きをすると三成は素直にそれに従い、大谷の向かい側に腰を下ろした。 久方ぶりに三成の寝間着姿を見る、と大谷は口には出さずに思う。ここ最近、殆ど寝てないようだったが今日は自主的に寝ようと思うたか――と、心中安堵しながら三成を見た。 「寝ろと皆が言うから横になってみたが、眠れぬのだ」 「眠れぬ……何か訳でもありよるか」 「目を瞑ると、甦るのだ」 三成は、ここではないどこかを望郷しているかのような口調で答えた。 その言葉を告げた三成の表情に、大谷は微か嫌な予感を憶えたが、大谷が止める間もなく、三成の唇が憎しみで戦慄いた。 「家康に、私の全てを奪われた日の光景が――!」 自身の膝の上に置かれた三成の手がぎりぎりと握り締められている。強く握り締められた三成の骨張った手指は、力の入れすぎで白くなっていた。 思わず大谷の眉間に皺が寄った。 「三成、斯様に手を握り締めるな」 大谷の言葉に、三成は憎しみに戦慄く唇のままではあったが、手をひらいた。三成の掌には、爪跡が深く刻まれており、その傷からはうっすらと血が滲んでいた。 大谷はその三成の手を捕らえ、自身の方に引き寄せた。三成の短く切り揃えられた爪の先に、微か血が残っている。 その赤を見つめると、大谷の腹の底でこの傷の遠因である男への嫌悪が息衝くのが感じられた。 「三成。その憎しみを飼い殺し――いずれ来る徳川を殺す日のことを思いやれ」 大谷はそう告げ、三成の爪についた紅に口付けた。 部屋の外では雨の降りしきる音と雨垂れの音が響き、大谷と三成以外の音をすべて覆い隠していた。 write:2010/10/11 up:2010/10/12
刑部と三成は百合っぽいよなーと思います。 ここで言う百合っぽいというのは、二人とも受けっぽいという意味ではないです。 閉鎖的で、他者の関与を好まず排他的で、互いが互いに無意識下で依存してそうな面が百合っぽいな、と。 ツイッターの診断メーカー「理想のキスをしてもらったー」ですごい萌えるのが出たので書いた。 その辺については日記で書いてあるんで気が向いたらどうぞー |