夜は秘め事
さあそっと誘い込んで
蒲団のすぐ横に座していた大谷は、ゆっくりと己の全身に巻かれた包帯を緩めていた。その様を、三成は敷かれた蒲団に横になりながら見つめている。 ゆらゆら、灯に照らされた二人の影が、揺れる。 三成が大谷の部屋に訪れたのは、四半刻ほど前のことであった。その時大谷は、自身の包帯を解いていたところで、三成はまさかこの刻に包帯を結んでいるとは思っていなかったらしく、暫しの間ぽかんと目を白黒させていた。三成が重苦しい口調で「手伝うか」と問いながら障子を閉めると、それを「よい、よい」と軽く制し、大谷は自身の包帯を緩めるのを再開した。 「どうしおった、三成」 大谷が問えば、三成は首を横に振った。 「刑部の顔を見に来ただけだ。……邪魔ならば出て行くが」 「ぬしなら邪魔にもならぬ、好きに見とれ」 そう大谷が返せば、三成はそうかと短く返事をし、畳の上に座した。 そのまま、三成も大谷も、特に何か語ることもなく、大谷の部屋の中は包帯をほどく音以外はしんと静かであった。他の会話と言えば、うつらうつらと首を揺らす三成に、「せめて蒲団の上で横になっておれ」と大谷が言い、三成が黙ってそれに従ったくらいのことである。 大谷は、今の状況に到った経緯を思い出しながら、目蓋すら閉じずに自分を見る三成を見遣った。――何かあったのやもしれぬわ、と大谷は考えたが、そのことについては言及しなかった。 その大谷の視線に気付いているのかいないのか、おもむろに三成は、「暇だ、刑部」と言いながら腕を伸ばし、包帯を緩める大谷の手に触れた。 三成の予想外の行動に一瞬だけ動きを止めた大谷は、しかし三成を窘めるように、その手の甲を人差指でとんとんと撫でた。 「三成、手を離しやれ。解けぬ」 大谷の言葉に三成は不満そうに眉を顰めたが、暫しして「仕方ない」と言うように手をゆっくりと離した。 ぱたり、と蒲団の上に三成の手が落ちる。 「はやくしろ」 ゆっくりとした、常の姿からは想像のつかない幼げな口調で、三成は言った。 大谷は一瞬虚を衝かれたように目を白黒させたが、すぐに「あいわかった三成」と囁くように言い、三成の頭を撫でた。三成の視線が、ぼんやりとその手を追って動いた。 大谷は順繰りに包帯を解いていき、そして解いたそばから、その包帯を緩く巻き直す。やっと最後の左足の包帯に手をかけると、三成が「刑部」と名を呼んだ。 「替えなくても良かったのか」 部屋の隅に置いてある、換えの包帯が入った桐箱を指し示し、三成は問う。その問いに、包帯を留める手を止めずに大谷は答える。 「緊く結びすぎた故緩めていたまでよ」 そうか、と納得したらしい三成が、敷布団に体を預けながら息を吐いた。 「まだか」 「終わったオワッタ。……やれ、今日は如何した」 ふたたび常なら聞けぬであろう口調で言う三成に、大谷は童に応対するような口調で尋ねた。さらりと髪を撫でれば、三成はゆったりと目を細め、もっと撫でろと言うように頭を大谷の手の方に寄せた。 首が僅か仰け反り、仰向けになった三成の咽喉仏が、ゆっくりと動く。 「刑部の顔を見に来ただけだ、」 三成の手が大谷の方に伸ばされ、唇の端をなぞった。そして、三成の唇がゆるい笑みの形に歪まれた。付き合いが長い大谷だからこそ三成が「笑った」のだと理解できるほど、僅かな笑みだった。 大谷は自分の口元に指を当て、口周りを包む包帯をぞんざいに緩めた。 「刑部?」 三成が言葉を紡ぐたびに、三成の細い首の隆起が動く。それに誘われるように、大谷の顔が三成の首に近付いていく。 そして露出された大谷の唇が、三成の首、咽喉仏に寄せられた。あまく食むように大谷の歯が首の薄い肌に優しく立てられ、すぐに歯が離れる。 「三成」 唇を首筋に寄せたまま、大谷は三成の名を呼んだ。呼気が三成の薄い肌をなぞり、三成の心拍が大谷の唇を揺らす。 「……刑部」 声が耳朶を刺激し、振動が唇に伝わる。ふたたび、大谷の歯が三成の首筋を柔らかく食む。 誘い誘われ抱き寄せるように、三成の手が、大谷の首に回された。 write&up:2010/10/15
「三成がコトに及びたくなったらどんな風に誘うんだろう」 という妄想を小説にできるよう色々捏ね繰り回しているうちに、気付いたら妙なところに帰着した。 原因は多分、別路線で考えていたネタ「咽喉に噛み付くようなキス」を、大谷さんにやらせたからかと。 せめて三成にやらせておけば三成が誘ってるネタに見えたというのに…… まあ個人的にはこの作品でじゅうぶん三成なりの精一杯で誘ってるんですけどねwww |