血の一滴ですら己が物
彼の最期を、俺への怨みで飾りたい
腹に深々と刺した小刀を抜き取ると、鉄のような匂いがした。怪我をしたときに嗅ぐのとは段違いに血腥いその臭気にうんざりしながら、俺はゆっくりとした動作で小刀を投げ捨てた。 ――まあ、うんざりしたといっても嗅ぎなれちゃった匂いで、どこか麻痺している面も無きにしも非ずだが。 「まだ生きてるよね?」 問うと、竜の旦那は咽た。口の端から、赤色がびちゃりと嫌な音を立てて落ちていく。腹にぽっかりあいた穴から滲み溢れ出る赤に、俺は恍惚に近い感情を抱く。ほう、と嘆息してしまうくらいに。 竜の旦那が苦痛に歪んだ顔をこちらに向けて、酷く小さな声で問い掛けてきた。今にも消えそうな陽炎みたいな声だった。 「……何故だ」 「ん?」 「どうして、こんな間怠い方法で、やった。答えろ……忍」 途切れる声。所々に混じる声になりきれなかった息の音。掠れ擦れの声は、ぞっとするくらい甘い響きを孕んでいた。 俺は口角が上がり、緩やかな弧をの形を描くのを感じながら、自分では想像もつかないくらい優しい声色で言った。 「好きだから」 「う、そ……吐、け。詭弁、だろ」 「嘘じゃない。紛れもない、真実だよ?」 竜の旦那に『下衆に似合いな嫌な笑い方だな』と言わしめた笑い方でにやりと笑い、俺はそう言った。 ごほごほと咳をするのに従い、彼の口からべちゃべちゃと血が落ちていった。綺麗な赤が、落ちていく。 「やるなら、さっさと、止め刺せ」 「やーだよ。そんなこと」 顔色がさっと変わる。ならばと舌に立てようとする歯を、左手で押し止める。 「だって」 俺は虫の息である竜の旦那の頭を撫で、彼を愛玩しながらゆっくりと紡いだ。 彼の目は明らかな絶望に似たものを宿していたが、それもじきに消えていくのだろう。暗き闇に、意識から魂まで、全て堕ちていくのだから。 「――大切なものが壊れる様は、きちんと見ておきたいだろ?」 そう告げた途端、竜の旦那の目蓋は落ちて、びくびくと蠢いていた腹の辺りも動かなくなって、血の溢れる量も少なくなった。動かず喋らずの竜の旦那に、俺は何事にも代え難い興奮にも似た感情を擁きながら、息を吐いた。ぞくぞくとする。 俺は冷たくなりかけのその身体を抱きしめ、呟く。 「愛してる。本当だぜ?」 永久に。永遠に。俺の身が果てるまで、俺は君を愛する。 write:2007/02/24 up:2007/02/25
愛するあまりに独眼竜を殺して自分のものにしようとした忍の話。
「好きだから殺せない」じゃなくて、「好きだから殺したい」。 他の人に討たれる前に俺が討つ、みたいな感じ。 自分のことなど微塵も愛していない男に、 自分を見てもらいたがった憐れな忍のお話。 |