囁く甘い毒に蝕まれ
俺は、その甘い毒無しでは生きられない
伊達政宗、という名をはじめて聞いたのは、旦那からだった。それまでの俺の彼に対する認識は、固有名詞ですらなかった。ただの独眼竜、奥州筆頭。若い身空で奥州を平定した最近勢いづいている大名(旦那も同い年なんだから、少しは落ち着いてほしいなー)――程度の認識だったのだ。 それが今は何だ。うっかり伊達政宗に惚れた腫れただの、自分の柄じゃない。そう、わかってはいるのだ。しかし、この思いを隠すことは出来ても、取り消すことが出来ない。――自分でも、呆れてしまう。 だからこそ、俺にできることは、この想いに蓋をして誤魔化して、そんな感情、微塵も抱いてないを装って、武田と真田に仕えるだけ。――忍としての、仕事を、全うするだけ、だ。 例え、今回の戦の相手が、伊達だとしても。俺は、俺の仕事を――旦那の下で、全うするだけ。ただ、それだけ。 数々の命が散り散りになり、赤色の独特の臭気が立ち込める戦場。俺は、小さく息を吐いて、伊達政宗と対峙する。六本の刀を構え、奴は口の端を持ち上げてにやりと笑っていた。 一度見たら忘れない、忘れようのない。自分が引き裂かれると思ってしまうほど、鮮烈な姿。 「――ここから先、行かせるわけにはいかないよ」 感情を覆い隠して、任務に徹する。あの強い目は見ないように、あの耳と脳を侵蝕するような声は右から左に流すように……と心掛けはするものの、目は彼の姿を追うし、耳はどんな一言も洩らさぬようにと、風の音に対してですら欹ててしまう。 「Okay. 良いだろう、かかってきな――!」 武器を構え、地を踏み出す。抜かれた6本の刀は、まっすぐに俺を狙っている。甲高い音を立てて、武器と武器とが、ぶつかり合った。 「なあ、武田の忍」 「――何? 話で俺様の隙でもつくろうって魂胆?」 「さぁ……どうだろうな?」 軽く息を吐いて、奴は笑う。その笑みは、ひどく大胆で、不敵で、妖艶で、もう言葉なんか足りなくなるぐらい、綺麗で。本気で惹き込まれてしまって、動きが一瞬止まる。倒さなければ、足止めしなければ――なんて感情、一気に全部吹っ飛んで、伊達政宗に、魅入る。 しかし、彼が隙を見逃すなどという甘い真似をするはずもなく、俺は腹に一撃を喰らって後退った。一瞬だけ咳き込んだが、すぐに武器を構えなおす。 彼は浅く笑っていた。下がった俺を追うでもなく、何かを仕掛ける素振りもなく、ただ暗い影のあるような笑みを浮かべて、立っていた。構えた刀が下げられることは、なかったが。 「――お前、俺のこと好きなんだろ?」 声だけは優しく響く。俺は「違う、」と反論するが、奴は口許に笑みを浮かべたまま、一歩俺に近付く。ただただ魅入る、言葉に呑まれる。 認めて、しまいそうだ。 「認めろよ。――楽になるぜ?」 かさりと音がなる。彼との距離が近付く、ああ、我慢が、自我が、理性が、掟が崩れてく。音もなく融解する。あ あ おれは もう。 「認めちまえ」 その甘美な声に、その蕩けるような響きに、侵蝕されそうになる。忍びとしての自負心、真田十勇士としての矜持、旦那たちからの信用を思い出して、必死に心中で否定する。 口に出したら、揚げ足でも取られかねない。蝕まれるのは、目に見えていて。 「なぁ、猿飛佐助……?」 けれど、そんな思考も俺の防衛策も、あの声に名を呼ばれた瞬間、霧散して、ばらばらになって。――もうそんなのどうでもいい、と、消失した。 write:2007/03/15 up:2007/03/16
策士政宗様と、罠にかかってオちる佐助のお話。
政宗サイドだと、敵国の忍者を唆して裏切らせる話で、 佐助サイドだと、自分の雇い主裏切って恋に走る話か。 後味はあんまし宜しくないね。 でも本当は、佐助は切り離して考えれるから裏切らないと思うんだ。 |