理由なんて何所にもない
そも、あるはずがないのだ。


 その瞬間、政宗は自分が何をされているのか理解できず、対応すらできなくて。彼の頭の中は、真っ白まっさらの、空っぽになった。ぬるり。と、何かが入ってきた時にようやく、『何だこれ』とだけ、思い浮かんだ。
 ざっと、無意識のうちに相手の肩を押して腕から逃げ出す。唇に手の甲を押し当てて、意識を他所にやる。気にしたら、負ける。瞬間、ぼとりと何かが落ちる音がした。
 口から出てきたのは、たったひとつの言葉だけ。罵りでも非難でもない、ただの言葉。

「てめぇ、何を――」

 今の、この状況が理解できなかった。佐助が、かすかに首をかしげて、「何言ってんだろう?」というような目でこちらを見てくることも。ぐっと掴まれてしまった左手首が嫌に痛いことも。
 右目を隠す眼帯が、落ちてしまったという事実、すら。

「『何』って、口吸い?」

 何てことはない、『明日の天気は晴れだ』と言うのと同じくらいの軽さで、佐助は言った。ああ、いつだって傷付くのは政宗の方だし、いつだって振り回されるのは政宗の方だった。
 ――手首が痛い。手が痛い。指先の感覚が薄れる。目が痛い。咽喉が痛い。もうすべてが痛い。

「――、何の、つもりだ」
「したかったから。――っていったら、独眼竜の旦那は怒る?」
「Ha. 言われずとも、もう怒ってる」

 間髪いれずにそう返すと、佐助は眉尻を下げて肩を竦めた。その佐助の反応が、妙に癪に障って、政宗は掴まれていない方の手で、刀を握り締めた。ちき、と、聞き慣れた音が鼓膜を揺らす。
 政宗が、佐助の目がまっすぐにこちらを見ていると気付いたのと同時、また唇に何かが触れる。二度、目。
 政宗は次こそ耐えられなかった。乱暴に唇を噛み、強く掴まれた手首を強く振り払う。するり。飽きたのか何なのか、佐助の手はすんなりと離れていった。
 息を吸うのに失敗して、荒くなった呼吸を無理矢理に鎮め、政宗は佐助へと吐き棄てる。

「Goddamn. ――最低、だ」

 その言葉に佐助は瞑目する。そして、残酷な顔で笑うのだ。
 ――どうして、こちらばかりが傷付かなければならないのか。その理由なぞ、誰も教えてはくれない。佐助ですら、知らないのだから。





write:2007/04/07
up:2007/04/08
ヒドイ男、佐助がテーマ。というか、佐助に振り回された憐れな伊達の話。
佐助にというより、敵国の忍に振り回される伊達、というべきか。
まあ、自分的には、佐助は伊達のことが普通に好きだけど、
伊達は好きでもなんでもないのに振り回されてる話が書きたかったのですが。