飽和水溶液
隠して騙してやるよ、お前が想いを望んでいないから


「――時々、壊したくなるよ」

 俺の腹の上に馬乗りになった竹中半兵衛は、吐き出すように言った。まるで呪詛でも吐き出してるのではないかと疑ってしまうくらい、黒々しい言葉だ。ある種の悍ましさを抱かせるような、声。
 しかしその指先は、言葉の禍々しさとは裏腹に、優しく頬をなぞった。――それは、何かの儀式の開始の合図のようでもあったし、何か感情を誤魔化そうとしているようにも感じた。
 矛盾だらけの、動作。

「穢したく、なるんだ」

 ああそりゃそうだろうよ。お前にとって、俺は敵将だからな。
 そう告げようとして開けかけた唇は塞がれた。音になりきらなかった声は、そのままずるりと滑り込んできた舌に呑まれていく。全てを奪うとかそんなものじゃない。獰猛に、そして貪欲に、ただ求めるだけ。
 どん、と、肩を叩いて退くように訴えたが、向こうは何所吹く風でそんなの気にもしない。むしろ、深く、吸い尽くすようにしてきやがる。
 ああ。もう、何なんだ。俺にはわからない。時折ふらりと現れては、戦の話をするでもなく、俺を殺すでもなく、戯れるだけで帰ってゆくお前が。――何より、この状況を甘受し、受け入れることの出来ている自分自身が、一番わからない。

「時々か」

 離れた唇の温さに気持ちの悪さを覚えながら、俺は誰にともなく、呟いた。聞こえているのかいないのか、竹中半兵衛はその言葉には然したる反応を見せず、俺の右手を持ち上げて、その手首に口付けた。

「……『いつも』の、間違いじゃねぇのか?」

 その問いに答えるものは居ない。目の前の奴はその問いを聞こえなかった振りをして(実際聞こえていないのかも知れないが)、次はてのひらに口付けていた。
 い草が香る。畳に縫われた手は、そして、何故か抵抗というものをしない俺も、誰にも聞こえない悲鳴をあげている。それは、発しているはずの俺にすら聞こえなくて、行為をしている奴には聞こえるはずもなかった。
 唇を強く噛んだ。想いに蓋をして、あやふやにするために。……痛い。また、何かに罅が入った。飽和量などとうに過ぎたはずなのに、倒壊しない自分の強さに今はほんの少し安心する。

 そして今夜も、想いの伴わない行為で更けていく。





write:2007/02/25
up:2007/02/26
「キス・イン・ザ・ダークの伊達視点」をテーマに。
擦れ違う両想いになっただけで、救われない話であることに変化はないですが。
やっぱり、私は、伊達を痛めつけるのが好きなようです。
あまり大声では言えない嗜好ですね。