この疵の名は恋慕
(ここを点かれれば、僕は呆気なく崩れよう)


 夜は、甘さとは懸け離れた位置にいる。例え、どんなに恋人たちが睦みあおうとも、睦言を紡ごうとも、夜の全てを覆い包むような虚無感は、何と比べても霞まない。
 政宗は、夜に行なわれるこの行為ほど、無為なものはないと常々思っていた。愛もなく想いもなく、時折ふらりとやってくる豊臣の軍師との情交だけは、例えどんなに数を重ねても意味を為さないだろう、と。互いに何かしらの思いはあるだろうが、その思いは、限り無く遠い位置で平行を保っている。交わることもなければ、近づくこともない。その代わり、離れることもないが、関係が変化するということはない。
 政宗は小さな溜め息を吐いて蒲団から這い出ると、卓の上に置いてあった煙管を手に取った。袋に入った刻み煙草を雁首ですくい、ふぅと息を吐く。
 羽織を引っ掛けただけの無防備な姿には肌寒い、夜の空気。
 煙管に火を灯しながら、政宗はちらりと襖に目をやった。襖を開け放ち、半兵衛はぼんやりと景色を見ていた。風に乗って外へ出て行く煙に、半兵衛はかすかに眉を顰めた。

「政宗君。君はこの傷の名を知っている?」

 半兵衛の謎かけに、政宗は内心首を傾げた。何を示してその話をしているかわからない。何より、どうしてそんな風に話し掛けてくるのかすら、政宗にはわからなかった。いつもなら、刺々しい言葉を発するか、もしくは何も言わずに帰るだけ。何故今日に限って。

「何の話だ」

 政宗は、ぶっきらぼうな声色でそう返し、再び煙管を蒸かす。開け放たれた襖の向こう側に見える月は弦月。政宗の兜と揃いのもの。それを見上げている半兵衛は、口許に笑みを浮かべていた。

「わからないかい? うん……なら、良いよ」
「Hum? そう中途半端に止められたほうが気になんだがよ」
「いずれわかるさ。今は――まだ、知らなくて良い」

 政宗は「そーかよ」とだけ呟いて、ふぅと煙を吐き出した。半兵衛はまた少しだけ眉を顰める。戦中以外で、政宗が半兵衛にこんな表情をさせることが出来るのは、このときだけだった。
 余談だが、それは政宗にとって気に食わないことの一つである。

「不貞腐れてるのかい、政宗君」
「別に。お前のそういう秘密主義は今に始まったことじゃねぇしな」

 慣れちまったよ。と、嘯く政宗の姿は、少しだけ哀しげだった。
 煙草盆の灰置きの縁を、かん、と軽く叩いて灰を落とす。一日三度繰り返している、日課。一日たりとも欠かしたことのないそれ。何故か今日は一度では足りなくて、再び袋を手に取った。

「――薬も過剰な摂取は毒になる。一回で止めておいたほうが良いよ」
「Ah? 説教かよ」
「違うよ。戯言だと思えば良い」
「……どういう風の吹き回しだ?」

 政宗が肩を上げて問うと、半兵衛は月に向けていた視線を政宗に向けた。

「弦月に魅入られてしまって、酔ったのかもしれない」

 半兵衛の言葉に、政宗は何も言わなかった。彼がそういうことを言うような――少なくとも、政宗に対して、そういうことを言う人ではなかったから。

「――、政宗君」

 ああ伸びてくるこの腕を拒否する理由なんてあるはずもなく。名を呼ぼうとした政宗の声は、唇によって遮られた。





write:2007/03/18
up:2007/03/19
竹中→←伊達の相思相愛なのにすれちがうお話。
竹中と伊達の話は、いつもこんなコンセプトになってしまう。何故だ。
病で死んでしまうことがわかってるからこそ何も言わない竹中と、
何か隠されてることはわかっても、病だなんて知らない伊達のお話。
つまりは、竹中が病のことを打ち明けない限りこの関係は変われない。