それは宛ら終焉の鐘の音
あまやかな平和が、終わる
ごほ、と、嫌な音で咳き込む半兵衛を、政宗は隻眼で見つめていた。どこか冷たさのようなものを孕んだ目、激情を抑え込んだような瞳で、蹲り咳く半兵衛を見下ろしている。しかし、半兵衛は自身のことで手一杯。政宗の視線など気にしている余裕などあるはずもなかった。 ぽた、と畳に血が落ちる。口許を押さえる手の指の隙間から、赤はだらりと落ち、羽織と畳を涜していた。苦しさでか、半兵衛の爪が畳を抉る。 「……っは、は、」 息を整えるように、ゆっくりと息を吐く半兵衛に、政宗は一歩近付いた。やっとその気配に気付いたのか、半兵衛はいつもの笑みを繕って顔を緩々と上げた。 「政宗、くん」 誤魔化すように発された言葉は、思いの他苦しくなさそうで、彼が如何に長い間その病と闘ってきたのかが、分かった。 政宗は冷たい目のまま、声をあげる。 「……なぁ、竹中半兵衛」 声は、震えていた。 おや、というように、半兵衛は目を細めた。少しだけ霞む半兵衛の視界が、少しだけ冴える。けれど政宗の顔が遠くて、見れはしなかった。 「ずっと、隠してたのか」 「うん――そうだよ」 半兵衛は赤い血のこびり付いた手で、口を拭って返答した。先ほどまで咳き込んでいた姿の欠片は、そこら中に散らばった血からしか覗えない。それだけこのような事態に慣れているのか、と、政宗はどこか冷静な頭で思った。 政宗はまた一歩近付いて、畳に座り込み半兵衛と視線の高さを同じくする。 「何も言わず、消えるつもりだったのか」 血塗れの手で、半兵衛は近くに来た政宗の頬を撫でる。指先に冷たい水を感じて、半兵衛は哀しげに笑った。 「泣かないで、政宗くん」 半兵衛は、政宗の問いには答えなかった。それは明らかな肯定を示していて、政宗は半兵衛から一瞬だけ視線を逸らした。 けれど、現実から目を背くなんて、できないのだ。ああ、と、政宗はかすかに首を振った。 「……泣いて、ねぇよ」 「そっか」 涙をそっと親指で掬い取ると、政宗の顔に、少しだけ血が付着した。白い肌に触れた赤い血は、政宗を侵蝕することもなく、半兵衛の残りを示していた。 さあ、終わりまで、あといくつ日々を重ねれよう。 write:2007/03/29 up:2007/03/30
もうすぐ命が終わる人と、今までそんなこと知らなかった人の話。
「この疵の〜」の続きのつもりだったけど、やっぱり独立して読める作品。 結局、好きあってるのか好きあってないのかわからない二人が、 互いの気持ちを確認しきれぬまま、死によって離別する話のつもりでした。 |