一夜で崩れ変容する
もうあの日には帰れない
「某の勝ちだな、独眼竜」 赤の青年は、青い竜に馬乗りになって、呟くように言った。その表情は、まさに勝者の顔。敵を倒したという甘美に浸る顔だった。 「Ha……死合いは相手が死ぬまで終わらないもんだぜ」 諦めた風合いも、絶望も感じさせない、至極あっさりとした口調で「さあ殺せ」と言外に告げる竜を見下ろして、真田幸村は彼の首に指をかけた。さらり。滑らかな感触を指越しに感じ、彼は少なからず困惑した。自身の首とは全く違う感覚に、戸惑ったのだ。 己の両手ではあまってしまうほどに細い首。武骨な隆起のない、なめらかな―― 首を絞めかけていた指の力が、抜けた。消えかけていた命の灯火にふたたび火が灯ったことを不審に思い、隻眼の竜は眉を顰める。 「Ah? とどめ刺さないつもりか?」 ならばさっさと退きな真田幸村。俺が代わりに引導を渡してやるよ。 はっきりと言い、下から抜け出そうと暴れ出した独眼竜の動きを封じ込めながら、幸村は小さな声で問うた。あまりのことに、信じきれていないかのような声で。 「……独眼、竜」 「何だ」 「其方……女子で、あったのか」 ひゅう、と風が吹いた。暴れていた動きはぴたりと止み、ほんの僅かな感情の揺れ――それは、絶望に似ているけれど、そうとも言いがたいような、何か――が、伊達政宗の眸に映った。 幸村は、そんな彼――正しくは『彼女』なのだが、幸村にとって政宗は古くからの宿敵であり、女であるという事実など知る由もなかったのだ――を見下ろしていた。 「ああ。俺は女だ」 近くでよく見れば、右目が眼帯で隠れているとはいえど、よく整った端正な顔立ちをしていたし、体の線も、自分のそれとは比べようもないくらいにはかなく細かった。自身が馬乗りになることで、潰してしまいそうなほど。 幸村の腕が力無くだらりと落ちる。それを見て、政宗は自嘲するように呟いた。 「女だったら殺す価値もねぇってか?」 「決してそういうことでは」 「Ha、無理すんな真田幸村。女の俺じゃ、お前にとって役者不足なんだろ?」 その証明に、お前は俺が女だと気づいた所為で、俺を殺せなかった。と、政宗は吐き捨てた。幸村は違うと言わんばかりに首を振るが、政宗はそれを詭弁だなと嗤う。 「そうではない。某は、某はただ――」 「Stop. 言うな。聞きたくない」 ぴしゃりと切り捨てるように言う。 「し、しかし――」 「言うな。俺が欲しいのは同情でも何でもねえ。thrillと、民の平和……ただそれだけだ」 ああ、気高くも哀れでもある、領主の模範のような言い分に逆らえようか。政宗にあるのは、たったひとつ。もののふとしての誇りだけ。 幸村は何も言えなくて、ただただ、政宗を見下ろすことしかできず。胸に小さくほのかに浮かんだ感情に名前を与えることすらも、赦されない。 二人が出会い、生き抜くのは、甘く温い世界ではなく、乱世の世だったから。 write:2007/02/18 up:2007/02/23
女性であることを隠しながら一国の城主となった政宗と、
そんなことは露知らず政宗を生涯のライバル認定してる幸村のはなし。 本当はえろも入れる予定だったけど、予想外に幸村がへたれすぎたが故に 襲ってくれなくて、ただひたすらにシリアスなだけのお話に…… |