超えない一線ぎりぎりを
立ち遊べば離れたとき、辛くないだろ?


「Stop. ちょっと待て」
「ん? 何でござるか、政宗殿」
「――お前、吸血鬼の糧、知ってるか」

 政宗は、自分を押し倒し、首筋に顔をうずめている(その光景はまるで飼い主に懐く犬のようだ、と政宗は思っている)幸村を見つめながら、そう問いかけた。吸血鬼界でもきっての純血を示す貴い蒼色の瞳は、ほんの少しだけ冷たいものを宿している。凍て付く氷のような冷たさ。その視線に射られると、ぞくぞくすると幸村は常々思っていた。
 幸村はきょとんとした目で政宗を見つめ、こてんと首を傾げる。――ああこいつは何一つわかっちゃいねぇな、と、政宗は深々と溜息を吐いた。

「血でござろう?」
「Ah……確かに、それでも正解なんだがよ……」

 でも満点はやれねえな。精々、部分点がちょっともらえるぐらいだ。

「おあずけだ」

 政宗は張り付いてくる幸村の額を、右手でぐぐ、と押し返した。「ぐえ、」と苦しげな声がして、幸村の首から背にかけてが面白いくらいに反り返る。「こいつ相当柔いな」と別の方向で感心していると、幸村がつまらなさそうに声をあげた。

「政宗どのー」

 ひどいではござらぬか。と、幸村の目が訴えている。
 心の中で、「ひどいのはお前だろうが」と毒づきながらも、政宗はきっぱりと告げる。

「確かに、俺は人の血を飲んで生きる」

 しずかに、政宗は言う。幸村は、声を出して良い状態ではないのだろうかと何も言わずに、その目を見つめた。氷の目は、見れば感情が映りこむ透き通るびいどろに瓜二つだ。

「けど、最適なのは単なる『人』の血じゃねぇんだ」
「……そう、なのでござるか?」
「前も言った気がするんだが――まあ良い」

 ふ、と息を吐いて、幸村の耳に齧りつきそうなくらい唇を近づけて、囁くように言う。

「良いか? 俺にとっての極上の馳走はおぼこの血だ。男女は問わねぇ」
「そ、そんな破廉恥な……!」
「想像してるお前のほうがよっぽど破廉恥だ。話の腰折んな」

 とすん。幸村の頭上に手刀が落ちる。幸村は「申し訳ありませぬ政宗殿……叱ってくだされ」と、ぽつりと呟いた。それを無視して(ああいう物言いは止めるべきだといつも思う)、政宗は言葉の続きを紡ぐ。

「俺とヤっちまったら、お前の血が不味くなっちまう。だからヤんねぇぜ」
「……あの、政宗殿、それは」
「つまりは俺が好きならしばらく禁欲しろってことだな。You see?」

 にやりと笑って告げると、幸村は何とも情けない声をあげる。

「政宗どの……酷いでござるよ……!」
「Ha! 何とでも言え。でも、ま、お前の血が上手いうちは一緒にいてやるよ」

 ちゅ、と、軽い音を立てて、政宗は幸村の頬に口付ける。
 ただそれだけで紅潮してしまう幸村を見ながら、――口付けだけでこんな風になるのに、まぐわえるのかよと心中呟き――政宗は唇を弓なりにして、幸せそうに笑うのだった。

 いまは、しあわせだから。
 いつか訪れる離別に、今だけは目を背けさせて。





write:2007/03/01
up:2007/03/02
愛しているから幸村の血だけを吸いたくて身体を許さない筆頭と、
愛してるからこそまぐわいあいたい幸村のおはなし。
幸村は別れなんてこないと思ってるけど、政宗は絶対にあると自覚してる。
だからこそ、その離別の時に辛くないようにしたいんだってお話でした。