泡沫の日々にサヨナラ
(俺は、お前のrivalでいたかった。ずっと、な)
襖越しに降り注ぐ朝日を感じ、政宗は緩々とまぶたを押し開けた。ぱちぱちと数回まばたきをして、ゆっくりと身体を起こす。朝の空気は、衣を纏わない肌には少し冷たい。 少しの動きで痛む腰に政宗はうんざりした。いくら身体を鍛えていたといっても、それは過去の話になってしまう。もう随分と、政宗は刀を握っていなかった。 ――先の戦で伊達は武田に降り、その証として政宗は真田幸村に嫁ぐこととなった。座敷牢にぶち込まれなかった代わりに、人の檻に囲まれた。 もう「奥州筆頭、伊達政宗」として戦に出ることはないのだから、鍛錬など必要ない。何より、そんなことが切欠で、生き延びさせることができた兵たちが殺されてしまうかもしれない。それだけは、絶対に避けたかった。 鍛えてたらここまで痛くねぇんだろうな、と、政宗は心の中で呟きながら、着物を羽織る。いつもの目覚めの時間より、半刻ほど早いだろうか。 米沢にいた頃の政宗は、喩えどんなに早く目が覚めようとも、家臣か女中が起こしに来るまで、蒲団の中で惰眠を貪っていた。しかし、幸村に嫁いでからは決してそんなことはしなかった。元好敵手との情事を思い出させる蒲団になど、包まれていたくないのだ。 「――ああ、クソ」 まだ寝ている幸村を見下ろして、政宗は吐き棄てる。すやすやと、愛しい女を得て幸せそうにしている幸村が、憎々しくて堪らなかった。 ――俺は、この状況を甘んじてはいる。そして、そうしなければならないのだと納得もしているのだ。理性では。けれど、俺は、お前の女なんかじゃなく、お前の妻なんかじゃなく、認めあえる敵将のままでいたかった。rivalでいたかった。「好きだ」と言われるのが厭だった。ひたすらまっすぐで、純朴な、甘い睦言が嫌いだった。 団子が好きで、餡蜜が好きで、甘味が好きで、髪を上手く結えず、鉢巻を自分で結ぼうとすると曲がっちまう、なんてこと、知りたくはなかった。見るに見かねて、「仕方ねぇな」と言って結んでやると、すごく嬉しそうな顔をするのだって、知りたくなかった。 ――戦の上での、命の遣り取りだけをしていたかったんだ。命を賭けてやりあうだけの関係で、良かったのだ。 「……馬鹿馬鹿しい、な。笑っちまう」 政宗は、ぎり、と歯を食いしばった。 この戦乱の世、結婚という婚姻によって体制を保ったり、同盟を組んだりなど日常茶飯事だ。政宗とて、右目を失う前までは武家の女としての教育を受けてきた。愛していない男のもとに嫁ぎ、その人と添い遂げることなど、当然の出来事だ、と。理解はしているのだ。――それでも、政宗は。 「でも、もう戻れねぇ、よ――」 朝の空気に、政宗のくしゃくしゃな声が、融けた。 write:2007/03/13 up:2007/03/14
ホワイトデー作品だし、甘めのが良いなーなんて思ってたんですが。 甘いって何ですか? な女体化作品になりました。 |