小さな死のその後は
大切な貴方の横で生まれ変わる


「……う」

 ふと目が覚めて、幸村はのっそりと瞼を押し開けた。障子越しに、うっすら注ぐ月明りが、まだ夜が長いことを示している。幸村は自分の身体が微かにだるいことに気付き、小さな伸びをした。
 それを心地好いと思う自分に呆れと納得を抱きながら、幸村は身体を起こす。裸身にはやや肌寒い。刺すような冷たさだ。
 寒さを凌ごうと手探りで蒲団を自らのほうに手繰り寄せようとしていると、こつ、と小さな音を立てて、固いものに手を当ててしまった。
 幸村は心中「しまった」と思いながらも、そこに視線を落とす。
 政宗が眠っている。手は、彼の頭蓋に当たってしまったのだ。起こしてしまうのではないかというくらい強かに当たったと思ったのだが、ぐっすりと静かに、息の音も聞こえぬように眠っていた。

 その姿は。あまりにも、静かで。
 まるで 眠ったまま 死んで いるように見えた。

 考えてしまった単語の羅列を、頭を振ることで追い払い、振り払った。
 ごくり、と唾液を飲み、幸村は政宗の頬にそっと手を触れた。……あたたかい。生きてる。首筋に指をあてれば、とくんとくん、と、規則正しいゆっくりとした鼓動が感じられた。

「良かっ、た――」

 と唇からはでてくるが、幸村の胸の中では、「どうしてこんな不謹慎なことを考えてしまったのだろう」という疑心にも似た感情が疼く。
 政宗殿が死ぬなんて、そんな――ありえないことを、どうして想像してしまったのか。
 幸村は、どこか、そう思っていた。

「――も、朝、か?」

 もぞりと政宗が動いて、うめくように呟いた。幸村は驚きを表に出さないよう、努めて静かに声を返す。

「いや、まだ夜中でござる。もう少し寝て居ても、支障ない」
「……何かあったか?」
「え?」
「変な顔、してるぞ」

 ああ、政宗殿とはこういう人だった。某が隠したいと思っていることに限って、気付くのだ。もう少しぐらい、某が気付いてほしいと思ってることに気付いてくれると、嬉しいのだが……。
 そう思いながら、幸村は再び政宗の頬に触れてみた。やっぱり温かい。ここにいる。大丈夫だ。

「やっぱ、何かあったな」
「政宗殿は、やはり、鋭いでござるな。……こういうとき、だけ」
「褒められてる気がしないな」
「……褒めてはおりませぬゆえ」
「そーかよ。で? ――何があった?」

 言って良いものかと一瞬逡巡した。けれど、どうしてか、幸村は政宗に隠し事ができなかった。
 ぽつり、と。幸村は、簡単な言葉で説明した。

「ただ、寝ておられる政宗殿が、死してるように見えてしまったのだ。……気分も悪くなられるだろう?」

 そう言うと、政宗は驚いたように目をまばたかせた。やっぱ、こんな話したら怒られるだろう、いくら政宗殿といえど。そう思い、謝罪を口にしようとした瞬間、政宗の口がかすかに動く。

「petite mort、か」
「ぺ……?」
「何でもない。別に怒ってねぇよ、実際には生きてるわけだし、な」
「しかし――」

 幸村が言いよどむと、政宗は幸村の頬に指を当てて、「気にすんな」と笑った。
 そして、小さく、「俺はお前の横で生まれ変われるの、幸せだぜ?」と言ったが、幸か不幸か、その言葉はあまりに小さくて、幸村には届かなかったのだった。





write:2007/03/27
up:2007/03/28
あまーくあまーく仕上げたサナダテ。
気分が落ち込んでるときは甘くて馬鹿っぽいのを書いて、
テンション上げるに限るにゃー。
失敗すると、逆にこっちにダメージ食らうけど。