共依存シンパシー


「その痣は、」

 会長は何かの紙の束(生徒会、のものだろうか)に視線を落としたまま、ともすれば聞き逃してしまいそうなくらい小さな声でそう言った。俺に対して言った言葉なのかもわからないほど、小さな声。
 恐る恐る盗み見る、と、会長は目を伏せたまま、静かな声で、また一つ俺宛の問いを重ねた。

「その痣は何ですか。全く、せめて隠してください」

 痛々しいです、ケンカでもしたんですか? ――たずねる声はあくまで静かなまま。俺を一瞥してすぐに紙に目を落とし、会長はふうと息を吐く。右手に握られた赤いペンが紙に走るのが見えた。
 その姿は、俺なんかに興味がないと言っているのに。咎める色も心配している素振りも見せない声で、俺を問いただす。

「ちがいますよ」

 自分の唇から、思っていたよりもずっと軽薄な言葉が落ちる。隠し切れない位置につけられた紫の痣に指を乗せて、軽くわらって見せる。

「つこみからの愛の痕、ですよ。あいつ、へたくそだから」

 あえて、『何』がへたくそなのかは言わなかった。
 こっちを見ていなかった会長の眉が顰められる。ペンの動きが止まり、会長はくるりと振り返った。

「……何言ってるんですか」
「これがつこみの愛。他のやり方知らないんだ、あいつ」

 会長の言葉は無視して、そう返す。会長のうろんげな視線には気付かなかった振りをして、俺は嗤った。――だって、俺には何もない。耐えることしか、俺は知らない。つこみに他の方法なんて、教えてやれないんだ。

「死なないで、くださいよ」

 呻くように囁くように発された声。言いたいことを全部飲み込んだような、複雑そうな顔で、会長は俺を見ていた。
 ――気をつけます、と返してみたら、会長は苦虫でも噛んだみたいな表情になって、俺から視線を外してしまった。

 時計の秒針の音が、やけに遠く感じる。まるで、俺と会長との距離のようだ、と、ぼんやりと思った。





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