酸化還元


 一番最適な言葉を模索するけれど、どの言葉もこの関係を端的に的確には表現できない。
 互いに深入りはしない。しかし何故か必要もないのに共にいる時間が多い。躰を重ね合うことがあっても、心まで重なることは決してない。曖昧な、けれども、酷く明瞭な関係。
 日常で交わされる言葉も、どこと無く棘があるのに、でも。何故か一緒の空間に存在しようとする。それはまるで何かの空虚を紛らわせようとしているのかと思うほどに。

「かいちょー」
「……何ですか」

 その声に、溜息をついて振り返る。のとほぼ同時、そのまま腕が引かれ、その勢いのまま白いシーツの上に倒された。

「……何の真似ですか?」
「さあ? こういう真似かな」

 上にある顔が下りてきて、鎖骨の下辺りに、唇が落ちる。ちくりと痛みが伴って、赤い鬱血の痕が残った。
 はあ、と溜息を一つ零して目を瞑る。肌を這うがさがさした手の感覚は、妙に、そして嫌なほどにリアルだった。

「……ほま、れ」

 たどたどしく、不慣れな様子で名を呼ばれる。この行為の時にだけ、呼ばれる名。
 この名を呼ぶ声が嫌い。全てが曖昧になって、全てが風に流されて行ってしまいそうになるから。

「……き、だ……」

 押さえ込まれてはいるけれど、決して痛く無い手首が忌々しい。痛ければ拒否する理由にもなるのに。
 この手を振り払えばいいのに、この手から逃れればいいのに。できるのに、それをしないのは何故だろう。理由を探しているのに見つからない。

 誰か この関係 に 名 を付けて
 だから逃げないのだ と 納得するような 名 を





初書:2005/08/05 訂正:2006/09/29